ご質問を頂きました。
H&KのMP5やP7にはチャンバーにフルートがあると思います。
そしてそれによって発射後のケースにフルートの痕が付くと言われています。
実際派手にデコボコになったケースの写真が検索するといくつか見つかります。
このデコボコになる理由がわかりません。
私のフルートの理解はこの図の通りですが(稚拙な絵ですいません)認識の誤りをご教示いただければ幸いです。
凸凹になる原因は、柔らかいケース(薬莢)、高圧の弾薬、溝が大きいフルーテッドチャンバーなどを使用した可能性が考えられます。
ご指摘の圧力差については、ケースの内外から同時に同じ圧力が加われば均等になりますが、実際は圧力が均等になるまでの過程で時間差が生じるため、ケースが外側に向かって押し付けられ痕が残ります。
詳細解説の前に、基礎知識から解説したいと思います。
ディレードブローバック方式とは?
ブローバック(吹き戻し)とは、自動式の銃で採用される単純な作動方式です。
火薬の燃焼によって発生したガスは、銃身内で弾頭を加速します。
前方にガスや弾頭を発射すると同時に、後方に向かってリコイル(反動)として力が加わり、スライドやブリーチブロックを後退させます。
この「作用反作用の法則」を利用した発射と排莢を行う作動方式が、ブローバック方式と呼ばれます。
そしてブローバック方式に何らかの閉鎖機構が備わり、開放を遅らせる作動方式がディレードブローバック方式と呼ばれます。
撃発の瞬間から弾頭が銃口を離れるまでの間、薬室内や銃身内は高圧となり、この状態で排莢を行うのは、9mmルガー以上の強力な弾薬では危険かつ物理的に困難です。
そのため、内圧(腔圧)が下がってから排莢するために、何らかの方法で開放を遅らせる必要があります。
関連記事:「ショートリコイル?ブローバック?銃の閉鎖方式の違いを解説」
ローラー・ディレードブローバック方式とは?
H&K MP5ではローラー・ディレードブローバック方式を採用しており、これはローラーの動きによってボルトの後退を遅らせる構造です。
撃発によって薬室内が高圧になると、ケースの底がボルトヘッドを押して後退する力が発生します。
ボルトヘッドはローラーに衝突し、ローラーに加わる力のほとんどは銃身の後部(バレルエクステンション)で受け止められます。
しかし、ローラーを受け止める部分は内側へ傾斜しており、ローラーは傾斜に沿って内側に向かって移動します。
すると2つのローラーに挟まれたロッキングピースの先端にも傾斜があり、これによってロッキングピースが押されて後退します。
そしてローラーが内側に移動し終わると、ボルトが自由に前後運動可能な状態となります。
つまり、ローラーが横方向へ移動する時間の間だけボルト全体の後退を遅らせることができます。
ローラーが移動する間に薬室内の圧力は安全なレベルまで低下しており、残されたガス圧と慣性でボルトを後退させて排莢します。
ところが、ローラー・ディレードブローバック方式には問題があります。
グロック17やベレッタ92FSのような一般的なショートリコイル方式の銃では、銃身が後退するまで閉鎖状態が維持され、ロックが解除され開放されるまでケースが排莢されることはありません。ショートリコイルでは圧力が低下してからケースが後退します。
しかし、ローラー・ディレードブローバック方式では、弾頭が銃口から出る前の高圧な状態ですでに(わずかですが)ケースやボルトヘッドの後退が始まります。
薬室内が高圧のとき、ケースの先端は膨張して薬室の側壁に密着し、張り付きやすくなります。
これは強い抵抗となるため、このままケースの底を押す圧力によってボルトの後退が進むと、ケースが前後に破断して底の部分だけが排出され、ケースの先端部分だけが薬室内に残されることがありますし、破断しなくてもジャムの原因となります。
そこで、これを防止する方法として採用されたのが、フルーテッドチャンバーです。
フルーテッドチャンバーとは?
フルーテッドチャンバーとは、複数本のフルート(溝)が彫られた薬室です。
この溝にガスが入り込み、ケースの張り付きを防ぐ目的があります。
これはH&K特有のものではなく、トカレフSVT-40、SIG PE-57、キャリコなどでも採用されています。
ローラー・ディレードブローバック方式にフルーテッドチャンバーが必須かと言えば、実はそうではありません。
フルートがなくても作動可能であり、フルーテッドチャンバーのないローラー・ディレードブローバック方式の銃も存在します。
しかし、射撃を繰り返すことにより薬室内にカーボンなどの汚れが蓄積されると、熱によって張り付きやすくなるため、フルートを設けることにより摩擦抵抗を軽減して作動の信頼性を向上させています。
H&K P7のフルーテッドチャンバー
上の画像はH&K P7ピストルのフルーテッドチャンバーの様子です。
H&K MP5と同様のフルーテッドチャンバーで目的も同じですが、作動機構が異なります。
P7では薬室の先にガスポートがあり、銃身の下に配置されたシリンダーにガスを充満させます。
充満したガスでシリンダー内が高圧になると、スライドに接続されたピストンが高圧ガスの抵抗によって後退を阻まれます。
この機構によって高圧のまま開放することを防ぎ、圧力が低下してから開放し排莢されます。
しかし、シリンダー内が高圧になるまでには時間を要し、弾頭が銃身内を1cm程度進んだところでピストンに強いブレーキがかかるため、MP5と同様に高圧状態のままケースが後ろに押されてスライドがわずかに後退を始めます。
そのため、薬室内にフルート(溝)を彫ってケースを貼り付きにくくすることにより、確実に作動するよう設計されています。
関連記事:「ハンス・グルーバーとH&K P7M13」
フルーテッドチャンバーでケース(薬莢)が凸凹になる原因とは?
MP5でもP7でも、ケースに凸凹の痕が残ることがありますし、残らないこともあります。
この違いは何かと問われれば、ケースの素材と発生する圧力に主な原因があると考えられます。
通常、アルミや鉄のケースでは凸凹の痕が残ることはほとんどありません。
痕が残るとしても、それは高温のガスによって焼き付いたり汚れる程度であって、ケースの形状に変化はみられません。
一方、真鍮のケースは同じ弾薬の規格であっても、メーカーやブランドによって硬さや厚みが異なり、柔らかいケースがフルーテッドチャンバーで使用されると凸凹に変形することがあります。
また、高圧になる弾薬はケースが薬室内の側壁に強く押し付けられるため、フルートへの食い込みも大きくなります。
(MP5の場合は高圧な弾薬の方が快調に作動するため、MP5で凸凹の痕が残る事例が多いといえます)
ケースに凸凹の痕が残るということは、フルート内の圧力よりもケース内の圧力の方が大きい時間が存在したことを示しています。
薬室内で起きている状況は以下の通りです。
- 撃発によって火薬(装薬)が燃焼するとケース内の圧力が上昇します。
- ケース内の圧力が上昇すると、厚みが薄いケース先端が膨張して薬室に密着します。(この時点で一部のガスがフルート内に流れ込みますが、ケース内のガス圧の方が圧倒的に高い状態です)
- 火薬が燃焼を続けるにしたがって圧力が上昇し、弾頭が前進を始めます。(圧力が高いほどフルートの中までケースが膨張します)
- やがて弾頭がライフリングに到達し、フルート内の圧力も上昇します。(フルートの痕が残るケースではこの時点ですでに痕がついた状態です)
この様に、フルートに押し付けられた後でフルート内の圧力が上昇するため、ケース内外に圧力差が生じて凸凹になります。
ライフル弾でも同様に痕が残ることがありますが、条件次第でフルートに沿ってケースに穴が空くことがあります。
原因はいくつか考えられますが、例えば、7.62mm NATOの銃身に.308 winを使用すると問題が起きやすくなります。
7.62mm NATOのケースウォール(ケース側面)は厚く、反対に.308 winは7.62mm NATOよりも薄いためケースの強度に違いがあり(その証拠に両者は重さが異なります)、なおかつ、.308 win(62,000 psi)の方が7.62 mm NATO(50,000 psi)よりも高圧でパワーがあります。
また、銃の製造メーカー(H&K系モデルなど)によっては、フルートの幅や深さが異なることがあり、幅の広いフルートではケースへの負荷がより大きくなるため、このような条件下で穴が空くといった不具合が生じやすくなります。
(とはいえ、ケースにダメージが生じても、銃が装填と排莢のサイクルを継続して動作可能なら「不具合」とは言えないかもしれませんが)
その他にも、以下の条件が加わることでケースがダメージを受ける可能性があります。
【条件1】高圧力な弾薬を使用
リローディングなどにより通常より高圧な弾薬を使用するとケースへの負荷が大きくなります。
【条件2】ケースの長さが足りない(ヘッドスペースが適切ではない)
ケースの長さが規定より短かかったり、適切な銃身が使用されていないとガスによってケースの外側から内向きに掛かる負荷が大きくなります。
【条件3】再利用を何度も繰り返したケースを使用
リローディングで使用済ケースの再利用を繰り返すと、ケースの強度が次第に低下します。
見た目が正常でも、成形を繰り返せばケースの厚みが不均等になり、圧力に対して弱い箇所が生まれます。
【条件4】サプレッサーを使用
サプレッサーだけで問題が起こるとは言えませんが、他の悪条件と重なったとき、サプレッサーを使用することにより通常より高圧な環境が生じ、ケースへの負荷も大きくなります。
まとめ
ケースに凸凹の痕が残る原因は、ケースの素材(硬度)と高圧な弾薬、そしてフルーテッドチャンバーの状態が大きく関係していますが、なかにはケースと薬室が同じ条件下でもあっても、数十発に1発の割合で問題が生じるという例も報告されています。
原因は詳細に検証しなければ分かりませんが、偶然一部のケースの強度が弱いといった弾薬不良であったり、フルーテッドチャンバー内の汚れが原因となることも考えられます。
汚れ方は使用弾薬によって異なるため一概に言えませんが、問題が生じた場合は薬室内(フルート内)の汚れ具合を疑うことも必要かもしれません。
しかし、望みの高い解決方法としては、やはり使用弾薬を他のメーカーの弾薬に変更することが推奨されます。
質の悪い安価な弾薬には、このようなトラブルが多いと言えます。
追記
どんなカートリッジでも多かれ少なかれケースはフルートの形に変形している?
記事でも触れましたが、アルミや鉄のケースは変形しません。真鍮ケースは変形する場合としない場合があります。
ケースが凸凹になる場合でも快調に作動する銃は存在し、これが必ずしもジャムの原因になるとは限りません。
フルートには効果がある?
フルートによってケースの接触面積が小さくなると摩擦抵抗も小さくなり効果があります。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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