ブラックタロンは、着弾時に拡張するホローポイント弾のひとつです。
アメリカで起きた殺人事件をきっかけに注目され、誤解や論争を引き起こした弾薬として知られています。
本記事では、ブラックタロンの背景や、その後継について詳しく解説します。
ブラックタロンとは?
ブラックタロン(Black Talon)は、1991年にアメリカのウィンチェスター社が発表したホローポイント弾です。
法執行機関や個人の護身用向けとして開発されました。
弾頭には6つのスリットが入っており、これにより着弾時に先端が拡張し、「タロン(鉤爪)」のように鋭いエッジが形成され、人体に侵入する際に大きな損傷を与えるよう設計されています。
この設計はストッピングパワー(対象を行動不能にする能力)を高めることを意図しており、弾薬の効果を最大限に引き出すものでした。
ブラックタロンはウィンチェスター社独自の「ルバロックス(Lubalox)」という黒色潤滑コーティング(銅酸化処理)が施されています。
このコーティングは銃身の摩耗を低減する役割があり、コーティングの色と拡張時の形状から「ブラックタロン(黒い鉤爪)」と名付けられました。
黒い弾頭は他のホローポイント弾に見られない珍しいもので、この黒い見た目から「防弾チョッキを貫通できる」という誤解が広まりました。
誤解の一因としては、同時期に使用されていたKTW弾(貫通力が高い弾薬)と混同されたことが考えられます。
実際には、ブラックタロンには防弾チョッキ(ボディーアーマー)を貫通する能力はなく、これは他の市販ホローポイント弾と同様でした。
殺人事件、誤解と論争
ブラックタロンは他のホローポイント弾と比較して、特別な性能はありませんでした。
弾頭の色が黒いこと以外は、通常の対人用ピストル弾です。
しかし、ある事件で注目されることになります。
1993年7月1日、カリフォルニア州サンフランシスコの101カリフォルニアストリートにある高層ビルで、ジャン・ルイジ・フェリ(当時55歳)による無差別発砲事件が発生。
この事件でブラックタロンが使用されました。
事件が起きたのは高層ビル内の法律事務所で、犯人はTEC-DC9(9mm口径)ピストル2丁と、ノリンコ1911(.45口径)ピストルで無差別に発砲し、弁護士やそのクライアントなど8人が死亡、6人が負傷。
その後、駆けつけた警察に包囲された犯人は自ら命を絶ちました。
犯行の動機は不明で、弁護士に対する恨みを抱いていたとされるものの、明確な理由は解明されていません。
この事件は、アメリカにおける銃規制論争に大きな影響を与えました。
事件後にはカリフォルニア州で銃規制が強化され、連邦議会でも銃規制法案が審議されるなど、銃に対する論争が活発になった事件となりました。
一部の医療関係者は、「ブラックタロンの拡張後弾頭の尖った部分が手術用手袋を破り、感染のリスクを高める可能性がある」と危惧しましたが、実際にこうした事故が起きた事例は確認されていません。
また、事件後に検死を担当した医師は、ブラックタロンによる銃創に関して「Unremarkable(平凡)」とし、他の弾薬と比較して特別なものではないことを示しました。
性能は一般的なホローポイント弾と同等であるものの、ブラックタロンはネガティブなイメージが広がっていたため、ウィンチェスター社はブラックタロンを民間市場から撤去し、2000年に製造を終了しました。
しかし、ブラックタロンは現在も合法的に所持可能であるため、コレクターの間ではプレミア価格で取引されています。
ブラックタロンの後継:SXTとPDX1
ブラックタロン販売終了後、ウィンチェスター社は後継モデルを発表しました。
当初はブラックタロンSXTとして市場に登場しましたが、その後、コーティングを施されないレンジャーSXTや、レンジャータロンの名で販売されました。
弾頭は銅合金ジャケットで、ブラックタロンの特徴である黒い弾頭は廃止されました。
SXTは「Supreme eXpansion Technology」の略で、大きく拡張する弾頭であることを強調していますが、一部ユーザーの間では「Same eXact Thing(旧ブラックタロンと全く同じもの)」と揶揄されました。
レンジャーSXTは、ブラックタロンと同じ「逆テーパー」設計を採用しており、弾頭が放射状に拡張する際、鋭い爪状のペタルがターゲットに対して直角に留まるよう設計されています。
従来の弾薬では、弾頭が拡がる際に完全に折り返し、鉛の部分が露出することが多かったのに対し、SXTはペタルが剥がれることなく構造が保持されます。これは、ストッピングパワーを保つための工夫といえます。
また、2009年には「PDX1」という新しいホローポイント弾が発表され、これはブラックタロンやレンジャーSXTの設計を引き継ぎつつ改良が加えられています。
PDX1は、弾頭とペタルが一体化した構造により、着弾時にコアとジャケットが分離しにくくなっており、ハードターゲット貫通後も構造が保たれる設計です。
この弾薬は法執行機関にも採用されており、FBIにも利用されました。
米軍のM1153弾はブラックタロン?
米軍に採用されたM1153ホローポイント弾は、「ブラックタロンに似ている」と指摘され、これに対して弾薬を供給するウィンチェスター社は「似ているのは偶然」と回答しています。
陸軍のMHS(モジュラーハンドガンシステム)契約において、M17ピストルに採用された弾薬としてウィンチェスターの「M1153スペシャルパーパス」(147グレインのホローポイント弾)と「M1152ボール」(115グレインのフルメタルジャケット弾)があります。
50メートルでバリスティックジェルを14インチ貫通することを採用条件とし、この弾薬は条件をクリアしています。
ウィンチェスター社は、アメリカ政府に長年弾薬を提供しており、MHS契約においてもその経験が評価されました。
米軍においてホローポイント弾の使用は、「過剰な貫通を避け、周囲への二次被害を最小限にする」という目的のために求められています。
ホローポイント弾の使用は1899年のハーグ条約に抵触しないと判断されており、米軍特殊部隊も以前から同等の弾薬を使用していました。
各弾薬のデータ
弾薬名 | 弾頭重量 | 銃口初速 | マズルエナジー |
---|---|---|---|
ブラックタロン (9mm) | 147 gr | 983 fps | 316 ft-lbf |
レンジャーSXT (9mm) | 147 gr | 990 fps | 320 ft-lbf |
PDX1 (9mm) | 147 gr | 889 fps | 258 ft-lbf |
M1153 (9mm) | 147 gr | 962 fps | 302 ft-lbf |
9mm NATO (9mm FMJ) | 124 gr | 1296 fps | 463 ft-lbf |
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