H&K G11は、ドイツのヘッケラー&コッホ社(H&K)が1960年代後半から1980年代にかけて開発したアサルトライフルです。
従来の薬莢を排除した「ケースレス弾(無薬莢弾)」を使用し、画期的な設計でしたが、様々な要因により量産には至りませんでした。
この記事では、G11の開発背景、技術的な特徴、採用中止の経緯、その後の影響について詳しく解説します。
G11の概要
H&K G11は西ドイツ軍やNATO向けに設計され、特に命中率向上を目指して開発されました。
従来の金属製薬莢を廃止したケースレス弾薬を使用することで、小型軽量化を実現。
しかし、ドイツ再統一後の政治的変化により量産には至らず、約1,000丁のみ製造されました。
弾薬は固形推進剤を使用したケースレス設計で、通常の5.56×45mm NATO弾に比べて重量は半分、容積は40%程度に抑えられています。
発射モードには、セミオート、フルオート(毎分460発)、3点バースト(毎分2,100発)があり、特にバースト時には連射中の反動を軽減する設計が施されています。
ケースレス弾とは、発火薬(プライマー)、推進薬(装薬)、弾頭を金属製の薬莢なしで一体化した弾薬です。ケースレス弾で使用される推進薬は通常、弾頭の周りに成形され、薬莢の形状を形成します。この設計は銃の機構を簡素化し、弾薬の重量を削減することを目的としています。
開発の背景と目標
G11の開発は1967年にスタートしました。
当時、ドイツ軍が採用していたG3ライフルの後継として、より軽量かつ高性能な次世代小銃を求めていたドイツ政府は、H&K社に銃器(機械設計と武器設計)の開発、ダイナマイト・ノーベル社にケースレス弾(推進剤と弾頭設計)の開発、ヘンソルト社に照準器の開発を依頼し、西ドイツ政府とNATO加盟国の協力のもと進められました。
1974年に正式な研究契約が結ばれるまでは、各社が自己資金で開発を進めるほど、このプロジェクトは意欲的なものでした。
NATOがアメリカ製M16と5.56mm弾を導入し始めた時期であったことも、G11の開発を後押ししました。
新技術と設計
G11の最大の特徴はケースレス弾とそれに最適化された独自の発射機構です。
従来の銃では薬莢を排出する必要がありましたが、G11はこれを排除し、弾薬が直接燃焼することで効率的な動作を実現しました。
独特の回転ドラム式ボルトを採用しており、以下の流れで発射サイクルを完了します:
- ボルトが回転して弾薬を装填。
- 90度回転して銃身と整列。
- 発射後、再び回転して次弾を装填。
※詳しい内部構造の解説は今後更新予定です。
性能
G11の技術的性能は以下の通りです:
- 口径: 4.73mm
- 発射モード: 単発、3点バースト(2000発/分)、フルオート(600発/分)
- 装弾数: 50発マガジン×3本(合計150発)
- その他: 統合型光学照準器とモジュラー構造
特に注目すべきは、2000発/分の超高速3点バースト機能です。
この設計により、3発が反動の影響を受ける前に発射され、命中率が大幅に向上しました。
技術的課題と解決策
ケースレス弾は従来の弾薬と比較して以下のような課題を抱えていました:
- 弾薬が壊れやすい。
- 過熱による誤発射のリスク。
- 装填時の信頼性。
これに対し、H&Kは以下の対策を講じました:
- プラスチックケースで弾薬を保護。
- 火薬を単一ブロックに圧縮し、強化する技術を採用。
- 発射機構に熱対策を追加。
ケースレス弾のメリットとデメリット
ケースレス弾にはメリットとデメリットがあり、特にデメリットの解決が困難なため、現在のところケースレス弾は一般的ではありません。
メリット
- 軽量: 従来の弾薬に比べて30~40%軽量化され、兵士の負担が軽減。
- 装弾数の増加: 同じ重量でより多くの弾薬を携行可能(例: G11は510発、M16は240発で同じ重量)。
- 発射速度の向上: 薬莢の排出が不要なため、連射速度が向上。
- 機構の簡略化: 排莢機構が不要になり、シンプルな構造に設計可能。
デメリット
- 熱に弱い: 薬室の熱でクックオフ(自然発火)が発生しやすい。
- 密閉性の問題: ガス漏れにより初速が低下し、汚れが増加しやすい。
- 環境耐性の低さ: 湿気や損傷に弱く、従来の弾薬より脆弱。
- 未発射弾の排出困難: 薬莢がないため、未発射弾を安全に取り出すのが難しい。
- 製造の難しさ: 信頼性のある製造が技術的に難しく、コストが高い。
採用決定と中止
G11は1988年までにドイツ軍による試験に合格し、1990年3月に正式採用が決定しました。
これらの試験で、ライフルは以下のような優れた性能を示しました:
- 15丁の試験用ライフルで合計40,000発以上を発射
- 凍結、高温、塩水浸漬、泥まみれの状態など、過酷な環境条件下での試験を実施
- 弾薬は、熱、溶剤、湿気、衝撃に対する耐性が検証された
- 新兵がG11を使用すると、G3ライフルに比べて命中率が50%向上
これらの成功を受け、1990年初頭にはG11がすべての要件を満たし、現場への配備準備が整ったとドイツ軍が結論付けました。
しかし、その直後に歴史的な出来事が計画を頓挫させます。
- ドイツ再統一:1989年11月のベルリンの壁崩壊と1990年10月の再統一により、ドイツは東ドイツの経済とインフラを統合するために膨大な費用を必要としました。この結果、新しい軍事装備への予算が削減されました。
- 冷戦の終結:1991年7月のワルシャワ条約機構の解体と1991年12月のソ連崩壊により、ドイツに対する軍事的脅威が大幅に減少しました。この地政学的な変化により、大規模な軍事近代化の緊急性が低下しました。
- 旧東ドイツの余剰兵器:再統一に伴い、ドイツは旧東ドイツ軍の装備を大量に引き継ぎました。中には何十万丁ものAK-74ライフルも含まれており、この予想外の武器の供給によって、新型ライフルの必要性がさらに低下しました。
- 欧州通常戦力削減条約(CFE):1990年11月に調印され、1992年7月に発効したこの条約は、欧州での通常兵器の数を制限し、余剰装備の破棄を義務付けました。これにより、新兵器の調達必要性がさらに減少しました。
G11は1986年から1990年にかけて行われた米軍のACRプログラムにも参加しました。
このプログラムは、M16に代わる高性能ライフルを開発することを目的としていました。
G11は試験で良好な成績を収めましたが、プログラムの目標である「M16より命中率2倍向上」の達成に失敗。
1990年4月にACRプログラムは終了し、どの候補ライフルも採用されませんでした。
採用中止後の財政難
G11の開発中止はH&Kに深刻な財政的打撃を与えました。
1974年から1989年にかけての開発費は、8,410万ドイツマルク(当時約63億円相当)になり、これはドイツ国民の税金で負担されました。
また、H&Kは1億8,000万ドイツマルク(当時約135億円相当)の負債を抱えることになり、膨大な投資が回収できず、同社の財政状態は悪化しました。
1990年代初頭には、H&Kは英国の航空宇宙企業であるブリティッシュ・エアロスペース(後のBAEシステムズ)に買収され、再建を試みましたが、依然として新たな武器契約の獲得に苦しんでいました。
2000年代に入ると、H&Kは財政的には安定を取り戻し始めましたが、違法な武器取引による罰金や、国際的な契約の変動が影響を与えました。
最終的にはドイツ軍のG36アサルトライフルの後継銃の契約を巡る争いに関与し、重要な契約を獲得するために努力しています。
2006年から2009年にかけて、メキシコの麻薬カルテルによる事件が多発する州にH&Kは4,700丁以上のG36アサルトライフルと約2,000の付属品を輸出しました。人権問題や警察の腐敗を理由に、この地域への武器輸出は禁止されており、これはドイツの輸出法に違反する行為でした。
2019年、ドイツの裁判所はH&Kをこの違法武器販売で有罪と認定。H&Kはメキシコに販売したすべての品目の価値に相当する370万ユーロ(当時約4.6億円)の罰金を科されました。(この判決は2021年にドイツ連邦最高裁判所(BGH)によって支持されました)
メキシコへの違法武器販売に対する罰金は、H&Kの既存の財政問題をさらに悪化させ、H&Kは違法販売による利益だけでなく、販売価格全額を没収するよう命じられました。
LSATプログラムとは?
H&K G11の開発計画が頓挫してから約14年後、LSATプログラム(Lightweight Small Arms Technologies)は、米軍の「Joint Service Small Arms Program」によって資金提供され、兵士の銃器や弾薬の軽量化を目指しました。
このプログラムは、これまでの軽量化や新型火器の開発プログラム(SPIW、Future Rifle、ACR、OICW)の知見を活用し、現在使用されている銃器を置き換える試みです。
軽量化によって、兵士の機動力と生存率を高めることが主要な目的とされています。
2004年に開始されたこのプログラムでは、まずライトウェイト・マシンガンと弾薬の試作が行われ、2008年に作動するプロトタイプが完成しました。
開発には、既存技術(H&K G11用の高発火温度推進剤など)を活用し、リスクを最小化しています。
特に、ポリマーケース弾とケースレス弾の2つの種類が開発され、どちらも兵士の負担を軽減するための大幅な重量削減を目指しました。
ケースレス弾は更なる技術革新が必要ですが、弾薬の体積・重量が約50%削減され、ポリマーケース弾も約40%の削減に成功しました。
LSATプログラムの成果
- 軽量機関銃(LMG)では、重量は従来のM249の約47%削減(ケースレス弾モデル)または43%削減(ポリマーケース弾モデル)。
- シンプルな作動機構、低反動、耐熱性の高いバレル、統合型の弾薬カウンターなど、戦場での効果を高める設計。
- アサルトライフルは2008年から設計が開始され、弾薬に合わせた複数のプロトタイプを開発。
- ケースレス、ポリマーケースの両方で使用可能な設計を目指し、将来的な弾薬口径のスケーラビリティも考慮。
- ポリマーケース弾は生産コストを抑えつつ、現行の弾薬に近い性能を持つ。
- ケースレス弾は、薬莢を必要としないため重量削減が最大限に達し、加えて廃薬莢の排出が不要となるメリットがある。
プログラムは、兵士の負担軽減と装備の機動性向上を目指して、次世代の小火器ファミリーの基盤を構築することを目指していました。
LSATプログラムの最終的な成功は、軽量化と兵士の総合的な戦闘能力の向上という観点から、重要な意義を持っています。
次世代小隊武器プログラム(NGSW)とは?
現在、LSATプログラムはその元々の形態では活動していません。
2017年、アメリカ陸軍はM249軽機関銃などの後継を開発するための新しいプログラムを開始しました。
このプログラムは「次世代小隊武器プログラム(Next Generation Squad Weapon Program/NGSW)」と呼ばれ、事実上LSATプログラムを置き換えました。
次世代小隊武器(NGSW)プログラムは、2017年にアメリカ陸軍が開始した、M4カービン、M249軽機関銃、M240機関銃を置き換えるためのプログラムです。
このプログラムの目的は、共通の6.8mm弾薬システムを使用する新しい武器と、これらの武器用の小火器火器制御システムを開発することです。
7社の防衛メーカーが競い、5社は武器の設計と生産を、2社は火器制御光学機器の開発を担当しました。
2022年初頭、SIG SauerがXM7ライフルとXM250自動小銃を生産する契約を獲得し、Vortex OpticsがXM157火器制御システムを担当、WinchesterがSIG Sauer設計の6.8mm弾薬を生産することになりました。
NGSWプログラムは、アメリカ軍が現行のM4カービンを置き換える必要性を評価した結果として始まりました。
M4は兵士に好まれており、性能も安定していますが、ロシアや中国の防弾ベストに対しては十分に貫通できませんでした。このため、新しい武器システムの開発が必要とされ、他国のプログラム(例:ロシアのRatnik)からのプレッシャーもありました。
NGSWライフル(XM7)は6.8mm弾を使用し、火器制御システムを搭載することが求められました。
支援火器(XM250)は、重量が12ポンド(5.4kg)以内、長さ35インチ(890mm)以内で、有効射程距離が3,900フィート(1,200m)以上、精度も2,000フィート(610m)以上となる必要がありました。
そして以下のモデルが選ばれました。
- SIG Sauer: XM7ライフルとXM250
- Vortex Optics: XM157火器制御システム
- Winchester: SIG Sauer設計の6.8mm弾薬
一方、Textron SystemsやBeretta USAなどが最終テストに進みましたが、最終的には選ばれませんでした。
NGSWでは、SIG Sauerの設計した6.8x51mm弾が選ばれ、これが新しい弾薬として採用されました。
NGSWプログラムでは、重量12ポンド(約5.44kg)、長さ35インチ(約890mm)を目指し、弾薬は6.8mm弾を使用することが指定されました。
LSATプログラムにも関わっていたテキストロンを含む6社が、NGSWの契約を競い、2024年にはテキストロンがNGSW契約を失ったことが報告されています。
LSATプログラムの改善対象だったM249は、NGSWプログラムの結果としてXM250に置き換えられます。
LSATプログラムは元の形では継続していませんが、その技術はアメリカ軍の現代の小火器開発に影響を与え続けており、NGSWのような新しいプログラムは、軽量武器と弾薬技術の開発における基盤の上に成り立っています。
まとめ
年 | 出来事 |
---|---|
1967年 | H&K G11の開発がスタート |
1974年 | H&K、ダイナマイト・ノーベル社、ヘンソルト社と共にG11の正式研究契約を締結 |
1970年代後半 | NATOがM16と5.56mm弾を導入、G11の開発が後押しされる |
1986年~1990年 | G11がアメリカ軍のACRプログラムに参加し、良好な成績を収めるが採用には至らず |
1988年 | G11、ドイツ軍による試験に合格 |
1990年3月 | G11の正式採用が決定 |
1990年4月 | ACRプログラムが終了 |
1990年10月 | ドイツ再統一が行われ、G11の量産計画が中止される |
1991年7月 | 冷戦終結、G11の必要性が低下 |
1990年代初頭 | H&Kが負債を抱え、買収されて再建を試みる |
2004年 | LSATプログラム開始、軽量化と弾薬技術の革新を目指す |
2008年 | LSATの作動するプロトタイプが完成 |
2017年 | アメリカ陸軍がNGSWプログラムを開始、LSAT技術が影響を与える |
2024年 | テキストロンがNGSW契約を失う |
H&K G11は、1960~80年代にドイツで開発された革新的なアサルトライフルで、薬莢を排除したケースレス弾を採用し、高い命中率と軽量化を実現しました。
しかし、技術的課題やドイツ再統一による財政難、冷戦終結で新装備の必要性が低下し、量産は中止されました。
開発はH&Kに多額の負債をもたらしましたが、その技術は後の米軍LSATプログラムやNGSWプログラムに受け継がれ、現代の軽量小火器開発に影響を与えています。
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