クリス・カイルはなぜ殺された?アメリカンスナイパー殺害事件の真相

アメリカンスナイパーイメージイラスト画像

この記事の要約:

  • 元ネイビーシール狙撃手クリス・カイルは、PTSDに苦しむ元海兵隊員エディ・レイ・ルースに射撃場で殺害された。
  • ルースは統合失調症や被害妄想に悩まされており、治療支援を試みたカイルと友人チャド・リトルフィールドを射撃した。
  • 裁判でルースは終身刑となり、カイルの死後は映画『アメリカン・スナイパー』公開や記念碑建立など社会的影響が広がった。

元Navy SEALスナイパーのクリスカイル(Chris Kyle)がテキサス州の射撃場で射殺されました。

イラク戦争に従軍し160人の殺害記録(自己申告は255人)を持ち、1920ヤードの距離で狙撃を成功させた彼は「ラマディーの悪魔(The Devil of Ramadi)」と呼ばれたアメリカンヒーローでした。

カイルはCraft Internationalでタクティカル・シューティング・インストラクターとして射撃場を利用しており、現場もその射撃場です。

この記事では、事件の経緯と詳細についてお伝えします。

目次

クリス・カイルとは誰か

クリスカイル画像
クリスカイル 
画像出典:TSHA ~ in accordance with Title 17 U.S.C. Section 107.,
Public domain, via Wikimedia Commons

クリス・カイルは、アメリカ海軍の元SEAL狙撃兵であり、アメリカ軍史上「最も危険な狙撃手」として知られています。

自伝『アメリカン・スナイパー』を執筆し、大ベストセラーとなりました。

アメリカン・スナイパーは映画化もされましたが、内容は事実と異なる点も多々あります(後述します)。

クリス・カイルは、軍務を終えた退役軍人が民間生活に適応できるよう支援する活動にも従事していました。

プロフィール

  • 本名:クリストファー・スコット・カイル
  • 出身:1974年4月8日、テキサス州オデッサ
  • 死没:2013年2月2日(享年38)、テキサス州イーラス郡
  • 所属:アメリカ海軍 (1999年-2009年)
  • 階級:上級下士官 (特殊戦技兵、元情報員)
  • 部隊:アメリカ海軍 シールズ、SEAL TEAM 3
  • 戦歴:イラク戦争 (2003年侵攻、ファルージャの戦い、ナシリアの戦い、第二次ファルージャの戦い、第二次ラマディの戦い、2008年イラク春季戦闘、サドルシティ包囲戦)
  • 勲章:シルバー・スター勲章、ブロンズ・スター勲章 (3個)、海軍殊勲章
  • 家族:妻タヤ・カイル (2002年結婚)、子供2人
  • 著書:アメリカン・スナイパー (2012年)、アメリカン・ガン (2013年)
  • 戦場での主な使用武器:
    • Mk 11 7.62mmNATOスナイパーライフル
    • Mk 12 5.56mm マークスマンライフル
    • レミントン 700/300 ライフル (Mk13 Mod 1)
    • その他.338 ラプアマグナムを使用する複数のライフル

軍歴

クリスカイル画像
クリスカイル 2012年 
画像出典:Cpl. Damien Gutierrez, Public domain, via Wikimedia Commons

カイルはアメリカ海兵隊に興味があり、軍のリクルートオフィスを訪れましたが、アメリカ海軍のリクルーターに説得され、SEALsを目指すことになりました。

海軍に入隊する際、腕に入っていたピンが原因で最初は不合格となりましたが、最終的にBUD/S訓練への招待を受けています。

基礎訓練をイリノイ州のグレートレイク海軍基地で、情報専門家としての追加訓練をバージニア州のNMITCダムネックとテネシー州のNPCミリントンで受けました。

最初の長距離狙撃は、イラク侵攻初期に、手榴弾を持った女性が海兵隊のグループに接近していた際に、その女性が幼児をもう一方の腕に抱えていたとCNNが報じている中で、命令通りに発砲し、女性が攻撃する前に殺害したものです。

カイルの弟ジェフも、2000年から2008年まで海兵隊でイラクに2回従軍し、軍曹の階級に達しました。

クリス・カイルの年表
  • 1974年4月8日
    テキサス州オデッサで生まれる。
  • 1982年頃
    父親から最初のライフル(.30-06スプリングフィールド)を与えられる。
  • 1992年
    ミッドロジアン高校を卒業。
  • 1992年〜1994年
    ターレトン州立大学で牧場マネージメントを学ぶ。
  • 1990年代
    プロのブロンコライダーおよび牧場の手伝いとして活動。
    ※ロデオ競技のブロンコライディング選手。
  • 1998年8月5日
    アメリカ海軍に入隊。
  • 1999年2月10日
    基本訓練を開始。
  • 1999年4月
    海軍基地グレートレイクスで基本訓練を卒業。
  • 1999年4月〜7月
    NMITCダムネックで情報スペシャリストとして追加訓練を受ける。
  • 1999年8月〜2000年3月
    NPCミリントンで追加訓練を受ける。
  • 2001年3月
    NABコロナドでBUD/Sクラス233を卒業。
  • 2001年5月〜8月
    NABコロナドでSEAL資格訓練(SQT)を受ける。
  • 2001年以降
    SEALチーム3に配属。
  • 2003年以降
    イラク戦争で4回の任務に従事。
    最初の長距離狙撃はイラク侵攻時。
  • 2006年10月12日
    マイケル・A・モンソー追悼式で、ジェシー・ベンチュラとの口論があったとされる。
  • 2009年1月
    ダラスのガソリンスタンドで強盗犯を射殺したと主張。
    後に否定される。
  • 2009年
    アメリカ海軍を名誉除隊。
  • 2012年1月4日
    ラジオ番組「オピー・アンド・アンソニー」で、自著に登場する人物がジェシー・ベンチュラだと発言。
  • 2012年1月
    ジェシー・ベンチュラから名誉毀損で提訴される。
  • 2012年
    自伝『アメリカン・スナイパー』を出版。
  • 2012年8月13日
    リアリティ番組「スターズ・アーン・ストライプ」に出演。
  • 2013年2月2日
    テキサス州の射撃場で、エディ・レイ・ルースにより射殺される。
  • 2013年2月11日
    カウボーイズ・スタジアムで追悼式が開催される。
  • 2013年2月12日
    テキサス州立墓地に埋葬される。
  • 2013年8月
    テキサス州で「クリス・カイル法」が制定。
  • 2014年
    映画『アメリカン・スナイパー』が公開。
  • 2014年7月29日
    ジェシー・ベンチュラ訴訟で、遺産に賠償命令が下される。
  • 2015年2月2日
    テキサス州知事が「クリス・カイルの日」を宣言。
  • 2015年2月11日
    エディ・レイ・ルースの裁判が開始。
  • 2015年2月24日
    エディ・レイ・ルースに有罪判決。
  • 2015年5月20日
    クリス・カイル記念ハイウェイ法案が上下院を通過。
  • 2015年6月3日
    同法案がグレッグ・アボット知事により署名。
  • 2015年9月1日
    クリス・カイル記念ハイウェイ法が施行。
  • 2016年2月16日
    ハイウェイ287の記念標識が公開。
  • 2016年6月
    ジェシー・ベンチュラ訴訟の賠償命令が控訴審で一部破棄。
  • 2016年6月14日
    海軍がクリス・カイルの勲章リストを修正。
  • 2016年7月28日
    オデッサでクリス・カイル記念碑が公開。
  • 2017年12月
    ジェシー・ベンチュラ訴訟が和解。
  • 2018年
    ミッドロジアンで、クリス・カイルプラザと道路名が決定。
長距離狙撃ランキングでクリス・カイルは何位か

長距離狙撃記録ランキングは以下のとおりです。

  • 3,800m
    ヴィアチェスラフ・コヴァルスキー(ウクライナ、2023年)
  • 3,540m
    氏名非公開(カナダ、2017年)
  • 2,815m
    氏名非公開(オーストラリア、2012年)
  • 2,710m
    氏名非公開(ウクライナ、2022年)
  • 2,475m
    クレイグ・ハリソン軍曹(イギリス、2009年)
  • 2,430m
    ロブ・ファーロング伍長(カナダ、2002年)
  • 2,310m
    アーロン・ペリー上等伍長(カナダ、2002年)
  • 2,300m
    ブライアン・クレーマー軍曹(アメリカ、2004年)
  • 2,286m
    カルロス・ハスコック軍曹(アメリカ、1967年)
  • 2,125m
    氏名非公開(南アフリカ、2013年)
  • 2,092m
    ニコラス・ランスタッド専門官(アメリカ、2008年)
  • 1,920m
    クリス・カイル上級兵曹長(アメリカ、2008年)
  • 1,853m
    クリストファー・レイノルズ伍長(イギリス、2009年)
  • 1,700m
    氏名非公開(サウジアラビア、2016年)
  • 1,614m
    スティーブ・ライカート軍曹(アメリカ、2004年)
  • 1,406m
    ビリー・ディクソン(アメリカ、1874年)
  • 1,380m
    氏名非公開(ノルウェー、2007年)
  • 1,350m
    ウラジーミル・イリン軍曹(ソビエト連邦、1985年)
  • 1,310m
    ブランドン・マグワイア上級曹長(アメリカ、2007年)
  • 1,280m
    ハーバート・スレイ軍曹(アメリカ、1918年)
  • 1,250m
    ジム・ギリランド軍曹(アメリカ、2005年)

このランキングでは、クリス・カイルは約1,920メートルの狙撃記録で中位に位置付けられます。
参考情報はウィキペディアの「Longest recorded sniper kills」に基づく内容です。

※参考:https://en.wikipedia.org/wiki/Chris_Kyle

事件の概要

2013年2月2日、テキサス州の射撃場でエディ・レイ・ルースが、元米軍狙撃手「アメリカン・スナイパー」として有名なクリス・カイルと、その友人のチャド・リトルフィールドを射殺しました。

この事件にはルースが長年にわたり深刻な精神疾患を抱えていた背景があり、彼はPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されていましたが、後に統合失調症の可能性も指摘されました。

事件当時、ルースは幻覚や妄想に悩まされ、他人が自分を害しようとしていると信じ込むなど、精神的に不安定な状態にありました。

カイルは、ルースのPTSD治療を支援しようとし、射撃場に連れ出しましたが、ルースはカイルとリトルフィールドに敵意を抱き、射殺に至ります。

事件後の裁判でルースは精神疾患を理由に無罪を主張しましたが、陪審は彼を有罪と判断し、仮釈放なしの終身刑が言い渡されました。

犠牲者

  • クリス・カイル(1974年4月8日 – 2013年2月2日)当時38歳
  • チャド・リトルフィールド(1977年2月11日 – 2013年2月2日)当時35歳

エディ・レイ・ルース(加害者)

エディ・レイ・ルースは25歳の元アメリカ海兵隊員で、少なくとも2年間、精神病院への入退院を繰り返していました。

  • 本名:エディ・レイ・ルース(事件当時25歳)
  • 出身:1987年9月30日、テキサス州ランカスター
  • 軍歴:13歳から海兵隊への入隊を志し、高校卒業後、海兵隊に入隊。
  • 2007年9月、バグダッド近くの基地に配属。看守と武器修理に従事 (6ヶ月)
  • 2010年1月、ハイチへの人道支援任務に参加
  • 2011年7月、名誉除隊
  • 病状:2011年7月下旬、退役軍人病院で心的外傷後ストレス障害と診断され、薬物療法として抗精神病薬と抗うつ薬が処方。幻聴や被害妄想に悩んでおり、自殺をほのめかすこともあった。

なぜ事件は起きたのか

事件後、ルースを診断した法医学精神科医は、彼が統合失調症を患っており、重度の被害妄想を抱えていたと結論付けました。

この診断は、事件前のルースの言動によっても裏付けられています。ルースは当時、「同僚は自分を食べようとしている人食い人種だ」と信じ込んでいたと、法医学心理学者に語っています。

また、事件当日の朝、ルースは「空気の匂いや周囲の雰囲気が通常とは異なって感じられた」と述べており、カイルとリトルフィールドに対して強い不信感を抱いていたことが明らかになっています。

カイルとリトルフィールドが途中で立ち寄ったファストフード店で、ルースに食事を与えたことに対しても、ルースは「自分が空腹ではないにもかかわらず食べさせようとしているように感じた」と話しています。些細な出来事ですら、ルースの妄想的思考の中では脅威として解釈されていたようです。

動機

犯行の正確な動機は判然としていませんが、中心的な要因としては、ルースの被害妄想が挙げられます。

ルースは後に、「あいつ(カイル)の魂を奪わなければ、俺の魂が奪われると思った」と語っています。この発言は、犯行時に彼が現実と妄想の区別がつかない状態にあったことを示しています。

また、射撃場という環境自体が、ルースにとっては「対決の場」として誤認されており、脅威として映っていたようです。

ルースは、事件当時について次のように述べています。

So we’re shooting pistols here, huh?

Again, that’s pretty much saying, ‘Duel mother****er.’

つまり、ここでピストルを撃つってわけか?

それって、実質「決闘しろ」ってことだろ。

edition.cnn.com/2015/02/23/us/eddie-ray-routh-american-sniper-motive/index.html

この状況の誤解が、殺害に繋がった可能性が高いと見られています。

また、射撃場でリトルフィールドが射撃に参加せず、見学していたことがルースを興奮させたとも語っています。

I asked him a couple of times, ‘Hey, are you gonna shoot?’

This isn’t a spectator sport. It’s a shooting sport. You shoot. And that’s what got all, you know, wired up.

何度かこう言ったんだ、「おい、お前撃つのか?」ってね。

これは見物するスポーツじゃない。射撃するスポーツだ。撃てよ。それで全てが、まあ、神経が高ぶったんだ。

edition.cnn.com/2015/02/23/us/eddie-ray-routh-american-sniper-motive/index.html

事件から4か月後、留置場のルースは元アース郡保安官代理ジーン・コールに次の様にも語っていました。

I was just riding in the back seat of the truck, and nobody would talk to me. They were just taking me to the range, so I shot them. I feel bad about it, but they wouldn’t talk to me. I’m sure they’ve forgiven me.

俺はただトラック(フォードF-350)の後部座席に乗っていて、誰も俺に話しかけようとしなかったんだ。ただ俺を射撃場に連れて行くだけで、だから彼らを撃ったんだ。悪いとは思っているが、彼らは口をきいてくれないんだ。彼らはきっと(撃ったことを)許してくれていると思うよ。

people.com/crime/witness-chris-kyles-killer-said-i-shot-them-because-they-wouldnt-talk-to-me/

事件の詳細

時期出来事
2001年ルースの少年時代
2001年9月11日、当時13歳だったルースはテレビでアメリカ同時多発テロ事件を目撃。「将来は軍隊に入りたい」と父親に告げ、高校卒業後にアメリカ海兵隊に入隊。
2011年ルースがPTSDを患う
2007年のイラク派遣、2010年のハイチ大地震での救援活動を経験。2011年、海兵隊除隊後にPTSDと診断される。入院治療を拒否し、処方薬の服用も中止。
2013年クリス・カイルに助けを求める
ルースの母親が、PTSDに苦しむ息子を救うためクリス・カイルにセラピーを依頼。母親が勤務する小学校にカイルの子供が通っており、ルースとカイルは同じ高校の卒業生。カイルが面会し、支援を開始。
事件発生
2013年2月2日、カイルとチャド・リトルフィールドがルースを射撃場へ連れて行く。射撃が治療に役立つと考えていた。ルースはカイルとリトルフィールドを射殺し、現場から逃走。
逃走
ルースはタコベルでブリトーを購入後、姉の家へ向かい当日の出来事を告白。姉が警察に通報。帰宅後、警官に意味不明な発言をした後逃走。短いカーチェイスの末、警察車両に衝突し、保安官に逮捕。
2015年裁判
ルースは「誰も話しかけてくれなかったから撃った」と供述。弁護側は心神喪失状態と主張。2015年2月、仮釈放なしの終身刑が言い渡される。

カイルはこの日、PTSDに悩む退役軍人であるルースを支援する目的で、友人のチャド・リトルフィールドと共に射撃場に向かっていました。

しかしその道中、ルースの様子に違和感を覚えたカイルは、リトルフィールドにメッセージを送ります。

This dude is straight-up nuts(この男は完全にイカれている)

カイルの不安は的中していたのかもしれません。

リトルフィールドも同様に危機感を抱き、次のように返信しました。

Watch my six(俺の背後に気を付けてくれ)

その後、3人は午後3時頃に射撃場へ到着します。

SIG P226 MK25画像
SIG Sauer P226 MK25 画像出典:Torbs, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

射撃場に到着して間もなく、悲劇が起こりました。

ルースは.45口径の1911ピストルを手に取り、突如としてカイルに向けて発砲。大動脈と顎に命中し、カイルは即死しました。

続いて、ルースはカイルの友人であるリトルフィールドに向けて、9mm口径のSIG Sauer P226 Mk.25 Mod 0を発砲。彼もまた命を奪われました。

現場検証の結果、カイルは背中に4発、顔に1発の合計5発を撃たれており、リトルフィールドは背中に5発、さらに頭頂部にも被弾していたことが判明しています。これにより、彼が倒れたあともルースに撃たれていたことが示唆されました。

なお、使用された2丁のピストルは、いずれもカイル本人の所有物でした。

1911 セーフティ

当時、カイルとリトルフィールドはともに.45口径の1911ピストルを携行していました。しかし、それらはホルスターに収まったままであり、いずれもセーフティ(安全装置)がかけられた状態のままでした。

このことから、二人はまったく抵抗する間もなく、不意を突かれて襲撃されたと考えられています。

犯行後、ルースはテキサス州ミッドロージアンにある姉の自宅を訪れ、自らの行為について語りました。驚いた姉のローラ・ブレヴィンスは直ちに警察に通報し、通話の中でオペレーターにこう伝えています。

彼は完全に狂っている。彼は精神病だ。

ルースはカイルが所有していたフォードF-350トラックに乗って現場を離れ、逃走中にランカスターで警察車両と衝突。これにより現行犯逮捕されました。

裁判は当初、2014年5月5日に開廷する予定でしたが、DNA鑑定に関わる法的手続きのため延期され、最終的に公判は2015年2月11日に開始されました。

法廷では、現場の状況を示す証拠として、射撃用デッキ前の地面に横たわるカイルの写真が提示されました。このデッキは、1,000ヤード(約910メートル)先の標的に向けて射撃するために設けられた高架構造のライフル射撃台であり、その近くにはリトルフィールドの遺体も確認されています。

映画「アメリカン・スナイパー」の真実と脚色

映画『アメリカン・スナイパー』は、カイルの自伝を基にした作品です。

しかし、演出のため実際とは異なる以下の変更点があります。

映画現実
女性が子供にRKG-3(対戦車手榴弾)を手渡す子供は登場せず。女性が手榴弾を持っていた(子供を撃った噂はカイルが否定、事実確認なし)
1998年のアメリカ大使館爆破事件をきっかけに入隊を決意ロデオでの事故で怪我を負い、手術後に生活のため海軍に志願。大使館爆破事件は入隊の2日後に発生
30歳でSEAL訓練を受けた実際には24歳
結婚式中に9/11テロのニュースが流れるカイルはすでに戦争に行くことを知らされており、軍事訓練中の短い休暇で結婚式を挙げた。
・9/11テロ:2001年9月11日
・結婚式:2002年3月16日
ムスタファというシリア人スナイパーが敵役として登場架空の人物(モデルは存在するがカイルは一度も見たことがない)
アルカイダ幹部として「虐殺者(The Butcher)」が登場架空の人物(実在のシーア派大量虐殺者がモデル)
カイルたちが民間人の家で食事中、その家族が反乱軍を支持していることを知り銃撃戦になるこのシーン全体がフィクション
カイルが戦場から妻に頻繁に電話し、戦闘音が聞こえる主にメールで連絡。電話中に戦闘音が聞こえたのは1度だけ
仲間のSEAL隊員ライアン・ジョブ(ビグルス)が負傷後すぐ手術中に死亡し、カイルが復讐を決意ジョブは退役後に大学卒業・結婚。手術中の医療ミスで死亡
カイルに18万ドルの懸賞金がかけられた懸賞金は2万~8万ドルで、全アメリカ人スナイパーに適用
カイルがムスタファを倒した後、戦争に対する精神的負担で帰国を決意妻の要求で帰還を決断(「帰国しなければ離婚」と伝えられた)
髭を生やしたカイルイラク派遣中はほとんど髭を剃っていた
マーク・リーは銃撃戦で死亡IED(即席爆弾)の爆発で死亡
カイルはほぼ無傷膝の負傷や手の骨折などの怪我を経験、それでも前線に留まるため治療を後回し
終盤でカイルが妻と会話を交わしてから射撃場に向かうこの会話は脚本家が追加したもので、実際の最後の会話ではない
カイルが射撃場で殺害されるシーン妻タヤの要請によりカット

その他、原作にはSEAL訓練前にロデオ選手だったエピソードが描かれていますが、映画では省略されています。

また、原作では石油プラットフォーム警護や船舶捜索など多様な任務が詳述されていますが、映画はイラクでの狙撃任務に焦点を当てています。

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信憑性に関する論争

カイルは自伝やインタビューにおいて以下のような話を語っていますが、それらの多くは証拠がなく、信憑性が疑問視されています。

ジェシー・ベンチュラとのバーでの乱闘

カイルは自伝で元ミネソタ州知事でプロレスラーのジェシー・ベンチュラと、バーで口論になり殴ったという話を述べています。しかしこの主張は証明されず、ベンチュラは名誉毀損でカイルに対して訴訟を起こし、184万5千ドル(約2億円)を勝ち取りました。

裁判では、カイルの証言の信憑性に疑義が呈されました。

ジェシー・ベンチュラ名誉毀損訴訟

2006年10月12日、カイルがジェシー・ベンチュラとバーで口論に至ったとされる事件は、カリフォルニア州コロナドのバー「McP’s」で発生しました。この際、イラクで戦死したカイルの戦友であるアメリカ海軍SEAL隊員マイケル・A・モンソールの追悼式が行われていました。

モンソールは、2006年9月29日に実施されたイラクでの自由作戦での功績により、2008年4月8日に名誉勲章を追贈されています。

カイルの死後、訴訟は彼の遺産に引き継がれました。2014年7月29日、陪審はカイルが名誉毀損および不当利得についてベンチュラに責任があると判断し、名誉毀損に対して50万ドル、不当利得に対して134万ドルの支払いを命じました。

しかし、2016年6月に第8巡回区連邦控訴裁判所は、ベンチュラ側弁護士が陪審に関連性のない保険契約の情報を開示したことを理由に、賠償金180万ドルを取り消しました。また、135万ドルの不当利得請求はミネソタ州法と矛盾すると判断され棄却され、50万ドルの名誉毀損訴訟は差し戻されました。

最終的に、2017年12月にこの訴訟は非公開の金額で法廷外にて和解されました。

ハリケーン・カトリーナ後のニューオーリンズでの狙撃

カイルは、2005年のハリケーン・カトリーナ後、ニューオーリンズに派遣され、略奪者を狙撃したと語っています。

これは米国内での軍による武力行使となる重大な問題ですが、そのような派遣の証拠は一切見つかっておらず、軍も公式に否定しています。

テキサスでのカージャック犯殺害

カイルは、2009年1月にダラス地域のガソリンスタンドで2人のカージャック犯を殺害したと主張しました。

男たちが銃を突きつけて強盗しようとしたが、自分の銃を抜き、両方の男の胸を撃ったと述べています。

カイルによれば、この事件は全て録画されており、警察は彼を解放したと主張しました。

また、国中の警察官から「街をきれいにしてくれてありがとう」というメールを頻繁に受け取っていたと主張しています。

しかし、このガソリンスタンドでの話も否定されました。

カイルが事件が起こったと主張した高速道路は3つの郡を通過しており、各郡の保安官は事件が起こったことを明確に否定しています。

メディアによる検証

雑誌『ニューヨーカー』では、カイルの語る逸話の多くに「誇張癖(embellishment)が見られる」と指摘し、その信憑性に疑問を呈しました。

カイルは仲間内でも「英雄視されることに酔いやすい人物」と評されることがあり、一部の証言にはヒロイズム(英雄伝説化)のための演出が含まれていると見られています。

クリス・カイルの影響

クリスカイルの墓画像
クリスカイルの墓 画像出典:Carlo Dani, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

カイルの自伝「アメリカン・スナイパー」は「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラーリストに37週間掲載され、軍の経験が広く注目を集めました。

退役後、カイルは退役軍人を支援する活動に尽力。

退役軍人支援団体である「FITCO Cares Foundation」を共同設立し、PTSDに苦しむ退役軍人に運動器具やカウンセリングを提供しました。

カイルは運動や他の退役軍人との交流が治療的価値を持つと信じており、射撃場もその一環として取り入れていました。

カイルの死後、以下のような影響がありました。

  • AT&Tスタジアムで行われた追悼式には数千人が参列。
  • 2013年、テキサス州は「クリス・カイル法」を制定し、特殊作戦訓練を受けた軍人の職業ライセンス取得を支援する制度を導入。
  • 2014年、自伝に基づいた映画「アメリカン・スナイパー」(クリント・イーストウッド監督)が公開。
  • 2015年2月2日、テキサス州知事グレッグ・アボットは、カイルの命日を「クリス・カイルの日」と宣言。
  • 2015年、教師のダナ・モリスの尽力により、「クリス・カイル記念高速道路法案」が可決され、テキサス州ミッドロージアンを通るハイウェイ287の一部がクリス・カイル記念高速道路と命名。
  • 2016年、テキサス州オデッサに私費で建設されたカイルの記念碑(広場と青銅像)が除幕。
  • 2018年、カイルの出身地であるミッドロージアンに、彼の名前を冠した広場と道路が追加。
  • 妻のタヤ・カイルが、軍人やFirst responder(救急隊員や警察官などの緊急対応者)の家族を支援するために「クリス・カイル・フロッグ財団」を設立。

カイルの追悼式は2013年2月11日にテキサス州アーリントンのカウボーイズスタジアムで行われ、葬列がミッドロージアンからオースティンまで200マイル(320km)以上を移動した後、2月12日にオースティンのテキサス州立墓地に埋葬されました。

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