
テレビドラマでは、「線条痕(ライフルマーク)」の分析をよく目にします。
線条痕とは、銃から発射された弾丸に刻まれる、指紋のような唯一無二の痕跡のことを指します。
この微細な傷跡が、どのようにして弾丸に残されるのか、そしてそれが犯罪捜査においてどんな意味を持つのでしょうか?
この記事では、アメリカの法執行機関における鑑定を例として、「線条痕が形成されるメカニズム」「分析方法」「鑑定における利点と課題」「銃身の製造方法が線条痕に与える影響」など、多角的に掘り下げて解説します。
線条痕 / 施条痕(ライフルマーク)とは?
ライフリングと線条痕の基礎解説

「線条痕(せんじょうこん) / 施条痕(しじょうこん)」とは、銃から発射された弾丸の表面に刻まれる痕跡を指します。
線条痕は「ライフルマーク」とも呼称されますが、これは和製英語的な表現です。
英語では「ストリエーション(Striations)」や「ライフリングマーク(Rifling marks / Land and groove impressions)」などの呼称が一般的です。
また、正確には「線条痕」と書きますが、「線状痕(誤記由来)」と表記されることもあります。

銃身(バレル)の内側には、弾丸に回転を与えて飛翔安定性を高めるために斜めの溝が切られており、この構造をライフリング(施条 / 腔線)と呼びます。

銃身とは、弾丸を加速させる場所で、火薬の燃焼によって生じたガス圧で高速発射します。
弾丸がライフリングが施された銃身を通過すると、銃身内部の溝と接触した部分に痕跡が残ります。
これらの痕跡は、ランド痕とグルーブ痕に分類されます。

ランドは銃身内部の盛り上がった部分(図A)、グルーブはランドの間にある溝部分(図B)を指し、それぞれ弾丸に対応した痕跡を形成します。
また同時に、その銃身特有の微細な傷や摩耗が弾丸に転写され、線条痕として残ります。
日本語では、ランドを「山」、グルーブを「谷」と呼び、それぞれが対面する内径を「山径(ボア/ランドダイアメーター)」「谷径(グルーブダイアメーター)」と呼びます。
一般的に口径とは山径を指しますが、例外もあります。
口径についての詳細記事はこちら。
弾丸への痕跡形成と銃器識別の重要性
ライフリングは弾丸に回転を与えて飛行精度を高めますが、その過程で銃身内壁の微細な凹凸や傷、製造過程で生じる切削痕(ツールマーク)が弾丸の柔らかい表面に転写され、個々の銃器に固有の「指紋」のような線条痕が形成されます。


画像出典:forensicservices.utah.gov
この線条痕は銃身ごとに異なる痕跡であるため、法科学の専門家は犯罪現場で発見された弾丸から、使用された銃器を特定する重要な証拠として活用します。
線条痕の画像はNIBINのようなデータベースに登録され、複数の犯罪現場を同一の銃器に関連付けることで捜査に活用されます。
NIBIN(全米統合弾道情報ネットワーク / National Integrated Ballistic Identification Network)は、アメリカ合衆国のATF(アルコール・タバコ・火器・爆発物取締局)が運用する全国規模のコンピュータネットワークです。
主に犯罪現場から回収された薬莢や弾丸のデジタル画像をデータベース化し、他事件との関連性を調べることで銃犯罪の解決を支援します。
NIBINは、銃犯罪現場の証拠を迅速に照合し、事件間の関連性を発見して犯人特定や犯罪抑止に活用される、アメリカの重要な捜査支援システムです。
IBIS(統合弾道識別システム / Integrated Ballistics Identification System)は、犯罪現場や押収銃の試射から回収した弾丸や薬莢を高精細2D/3D撮影し、データベースに登録・比較するための法科学ツールです。
カナダで開発され、アメリカのNIBIN(全米統合弾道情報ネットワーク)のベースとなっています。
IBISは弾道解析用の技術ツール、NIBINはそのデータを全米で共有するネットワークです。
両者が連携することで、銃犯罪捜査の迅速化と広域照合が可能になります。
線条痕分析の検査方法
鑑定サンプルの回収と分析手順


押収された銃器から線条痕の比較に必要な既知のサンプルを得るためには、試射が行われます。
ピストルやリボルバーなどの弾速が遅い銃器の場合、水槽に発射して弾丸を損傷なく回収します。
ライフルなど弾速の速い銃器では、射撃場で十分な停弾能力のある標的を使用し、発射後に弾丸を回収します。
回収された証拠の弾丸と試射で得られた弾丸のサンプルは、比較顕微鏡を使用して同時に検査されます。
鑑定士は両方の弾丸を同時に観察し、線条痕のパターンが一致するかどうかを詳細に調べます。
線条痕の分析において、鑑定士は一致する連続したマークの数を探します。
特定の「一致」と見なされる連続一致の明確な基準は設定されておらず、鑑定士は証言の際に「十分な一致(sufficient agreement)」という表現を使用するように訓練されています。
全ての鑑定結果は、法廷での証言時に検察側と弁護側の双方から質問される対象となります。
線条痕分析の利点と欠点
線条痕分析の利点
線条痕分析には以下の利点があります。
線条痕分析の欠点
線条痕分析は、いくつかの課題も抱えています。
なかでも特定の銃器との「一致」を判断するための明確な科学的基準が不足している点が、専門家や報告書によって批判されています。
この「十分な一致」という表現の主観性に対する懸念が示されており、鑑定士の訓練と経験に依存する判断が客観性に欠けるという指摘もあります。
また、銃身の微細な線条痕は、発射ごとにわずかに変化する可能性があります。このため、鑑定士は押収された銃器から5発を超える試射を行わないことが推奨されています。
過去には、銃器の排莢パターン分析など、その有効性が疑問視された鑑定手法も存在しました。
現在のアメリカの法執行機関において、以下の手法は行われていません。
線条痕が変化する原因
銃身の製造方法と線条痕への影響
ライフリングの製造方法には主に3つの種類があり、それぞれが線条痕の性質に異なる影響を与えます。
カットライフリング (Cut Rifling)
カットライフリングの製造方法
「カット(切削)ライフリング」は、高精度に制御されたカッターを使用し、銃身の内側から金属を複数回にわたって削り取りながらライフリングの山(ランド)と谷(グルーブ)を形成する方法です。
銃身を回転・送ることで螺旋状の溝を作り、これを全てのグルーブに対して繰り返し、徐々に深く削り込んで目的の形状に仕上げます。
カットライフリングの線条痕への影響
この方法では、カッターのわずかな不完全さや摩耗、切削時に生じる金属の削りカス(チップ)によって、非常に特徴的で不連続な微細な工具痕が銃身内部に形成されます。
これらの不規則な痕跡は、発射された弾丸に特有の個性を与え、法科学的な銃器識別の根拠となります。
一部の「製造ロット痕」も存在する可能性がありますが、通常は個別の工具による痕のユニークさがそれを上回ります。
カットライフリングの特徴と用途
ボタンライフリング (Button Rifling)
ボタンライフリングの製造方法
ボタンライフリングは、銃身内部に圧力でライフリングを形成する方法です。
銃身内部はドリル加工とリーマ加工によってあらかじめ目的の口径寸法まで仕上げられています。その後、「ボタン」と呼ばれる超硬合金製の硬い工具を使用します。
ボタンは、外周にライフリングのパターンが正確に刻まれており、形状は形成したいライフリングの逆パターンになっています。加工では、このボタンを高い油圧で銃身内部に押し通すか、または引き抜きます。すると、銃身内面の金属が塑性変形によって押し広げられ、ボタンの刻まれたパターンがそのまま銃身内面に転写される仕組みです。
この方法は切削によって金属を削り取るのではなく、金属を押し広げることによって溝を形成するため、加工速度が速く、生産性に優れています。また、金属表面が圧延されるため、仕上がりの内面は非常に滑らかで硬化されるという特徴があります。このため、命中精度の安定性や耐摩耗性においても利点があります。
ボタンライフリングの線条痕への影響
この加工では、ドリル加工やリーマ加工によって生じた既存の微細な痕跡が、ボタンによって最終的な溝の表面に押し固められます。
ボタン自体の摩耗や微細な欠陥、そして以前の加工工程で生じた痕跡が、発射される弾丸に個性を与えます。
カットライフリングに比べて、より粗い工具痕は少ない傾向がありますが、ボタンのわずかな欠陥や銃身への押し込み方によって生まれる微細な特徴が法科学的な識別を可能にします。
ボタンライフリングの特徴と用途
冷間鍛造 / コールドハンマーフォージング(Cold Hammer Forging / CHF)
冷間鍛造ライフリングの製造方法


コールドハンマーフォージング(冷間鍛造)は、ライフリングの逆パターンが刻まれた硬化鋼製の「マンドレル(芯棒)」を銃身の素材に挿入し、外部から複数の超硬合金製または鋼製のハンマーで同時に叩きつけることで行われます。
高圧で高速な工程により、室温で銃身の素材がマンドレルの周りに圧縮され、ライフリングだけでなく、しばしば薬室(チャンバー)も一度に形成されます。
冷間鍛造ライフリングの線条痕への影響
この方法では、マンドレルやハンマー、およびそれ以前の機械加工工程で生じたあらゆる微細な痕跡が、銃身内部に刻み込まれ、冷間加工されます。
カットライフリングに比べて不規則な工具痕は少ない傾向があり、線条痕はより「滑らか」に見えることがありますが、工具のわずかな不完全さや取扱いの差によって生じる微妙な特徴が法科学的な識別を可能にする個性を出します。
冷間鍛造ライフリングの特徴と用途
ライフリング製造法と影響のまとめ
ライフリングの製造法とその影響をまとめると以下のとおりです。
項目 | カットライフリング | ボタンライフリング | コールドハンマーフォージング (冷間鍛造) |
---|---|---|---|
プロセス | 金属除去(削り出し) | 金属の塑性変形(押し込み) | 金属圧縮(鍛造) |
利点 | 高精度、柔軟な設計 | 高速、滑らかな仕上がり、安定生産 | 高耐久性、高速生産、滑らかな銃腔 |
課題 | 時間がかかる、コストが高い | 内部応力発生、設計柔軟性が低い | 高額な設備投資、設計柔軟性が低い |
個性 | 強く、不規則な個別の痕跡 | 個性あり、既存の痕跡を押し込む | 微妙で「滑らかな」固有の痕跡 |
用途 | カスタムバレル、競技用銃器、試験用銃身 | 大量生産ライフル/ピストル、スポーツ用銃器 | 軍用ライフル、大規模商用生産 |
銃身の使用による変化


銃身の製造方法は、銃身に固有の微細な傷や痕跡を生じ、これが線条痕の「個性」を形成します。
しかし、銃器が繰り返し使用されると、銃身内部のライフリングは摩耗します。
また、不適切な手入れや保管による腐食、発射時の高温ガスによる焼損も発生します。
これらの変化は、銃身の微細な特徴を変え、結果として発射される弾丸に刻まれる線条痕もわずかに変化する可能性があります。
ホローポイント弾とペーパーパッチ弾による影響とは?
ホローポイント弾でも線条痕は残るのか?


「ホローポイント弾でも線条痕が残りますか?」と質問されることがあります。
はい、ホローポイント弾でも線条痕は残ります。
ホローポイント弾は先端に空洞があることを特徴としますが、弾丸の側面は通常通り銃身のライフリングと接触します。この接触によって、弾丸の側面に銃身特有の線条痕が刻まれます。
弾頭の形状が異なっても、銃身内を通過する際にライフリングから受ける圧力や回転によって、線条痕は同様に形成されます。
ホローポイント弾の詳細は以下の記事をご覧下さい。
ペーパーパッチ弾でも線条痕は残るのか?


画像出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Special:Contributions/213.55.184.226 213.55.184.226 (talk) 10:30, 17 September 2016 (UTC), CC0, via Wikimedia Commons
映画などでは、線条痕を残さない方法として「ペーパーパッチ弾」が登場することがあります。
ペーパーパッチとは?
ライフリングが発明され弾速が上がると、鉛弾の発射で銃身に鉛が残ることが問題となりました。鉛は融点が低く柔らかいため、高速発射すると摩擦熱で溶けます。鉛残渣は「レッディング」と呼ばれ、ライフリングの溝を鉛が埋めることで命中率が低下します。
この対策として、現在もマズルローダー(前装式銃)や黒色火薬ライフルで使われているのがペーパーパッチです。
ペーパーパッチングとは、弾丸を銃身径(山径)で鋳造し、溝径(谷径)に合わせるために弾丸側面に紙を巻く方法です。
ペーパーパッチ(名詞) = 弾丸を覆う紙
ペーパーパッチング(動名詞) = その紙を巻く作業・方法
強く正確に切った紙を2回巻く人もいれば、タバコ用ライスペーパーやクッキングペーパー、ワックス紙、シリコン加工ベーキングペーパーなど様々な紙を使う人もいます。
紙の幅は弾丸の接触面より少し長く、余った部分は弾底に折り込んだりねじって弾底の窪みに収めます。紙は水で湿らせて柔らかくし、密着性を高めた上で巻き付けます。乾燥後に潤滑剤を塗る場合もあります。
ペーパーパッチ弾は高い精度が得られるとされますが、製作には手間がかかります。精度向上が紙によるものか、パッチを丁寧に巻く射手の作業均一性によるものかは議論がありますが、現在も一部の射撃愛好者が約2,000 fps(約610 m/s)までの速度で使用しています。
ペーパーパッチ弾を発射したとき、紙はどうなるか
発射すると、紙は弾丸と銃身の間で強く押しつけられます。
紙はライフリングの溝に押し込まれ、回転を弾丸に伝えます。
そして銃口を出るときに破れたり剥がれたりして、弾丸から離れます。
線条痕は残るのか
通常の鉛弾では、ライフリングの山と溝が弾丸に直接刻まれるため、はっきりとした線条痕が残ります。これにより、どの銃から撃たれた弾かを特定できます。
一方、ペーパーパッチ弾では、紙が間にあるため、以下のようになります。
捜査への影響
犯罪捜査では、弾丸についた線条痕や微細な傷を手がかりにして、使われた銃を特定します。
しかし、ペーパーパッチ弾の場合は、ライフリングの本数や幅などの特徴すら分からないことが多く、銃身固有の微細な傷(工具痕)はほとんど転写されない状態になります。
このため、ペーパーパッチ弾から銃を特定するのは困難な場合があり、他の証拠(火薬残渣成分や薬莢の分析など)から捜査が進められる可能性があります。
まとめ
線条痕(ライフルマーク)は、銃身内のライフリングによって弾丸に刻まれる微細な痕跡で、銃器鑑定の重要な証拠です。
これらの痕跡は製造時の工具痕や使用による摩耗で銃ごとに異なり、弾丸と銃器を特定して結び付けることができます。
鑑定では、押収銃器を試射して得たサンプルと証拠弾丸を比較顕微鏡で照合し、「十分な一致」が確認されれば関連性が立証されます。
また、線条痕データはNIBINなどのデータベースに登録され、犯罪捜査で銃器の特定や事件間の関連付けに活用されます。
ただし、線条痕分析には、客観的基準の不明確さや鑑定士の主観性、銃身の摩耗による変化といった課題もあります。