ベレッタM9ピストルはアップグレードされ、M9A1、M9A3、M9A4が存在します。
(M9A2のコンセプトは立案されたものの、実際には製造されていません)
M9シリーズのなかでも、大幅にアップグレードされたM9A3は米軍の新制式ピストルとして採用が期待されました。
しかし、M9A3は評価されるどころか選定対象としても認められず、ベレッタ社は同社のAPXピストルをトライアルに提出することとなりました。
高性能なベレッタM9A3がなぜ評価されなかったのか、その理由とM9A3の仕様を解説します。
米陸軍の新制式ピストルトライアル
2011年、米陸軍の新制式ピストルを選定することが発表されたものの、選定の締め切りは2016年まで遅れました。
2014年12月10日、ベレッタ社は米陸軍の次期制式ピストルトライアルであるMHS(モジュラー・ハンドガン・システム)選定に参加表明。
2015年9月には公式にMHSの採用を要請され、これまで採用されていたM9(ベレッタ92FS)とM11(SIG P226)に代わるピストルが選定されることとなりました。
MHSが必要である理由は、これまで採用してきた米陸軍のベレッタM9が製品寿命に達したためです。
パーツ交換にコストが掛かりすぎるため、この機会に新規のピストルに入れ替えて維持費を削減すると同時に、より高性能なピストルを採用できないか模索する目的があります。
(米海兵隊は今回のトライアルを参考にするものの、実際の購入は先送りとなります)
そして、このトライアルには以下のピストルが提出されました。
- ベレッタ APX (9mm/.40S&W)
- CZ P-07(9mm/.40S&W)
- FN FNS(9mm/.40S&W)
- グロック17 MHS(9mm) / グロック19 MHS(9mm)/ グロック22 MHS(.40S&W) / グロック23 MHS(.40S&W)
- KRISS USA Sphinx SDP(9mm)
- SIG Sauer P320 MHS(9mm)
- S&W M&P(9mm)
- SIT デトニクスディフェンス STX(9mm)
2017年1月19日、SIG Sauer P320がM17(フルサイズ)/M18(コンパクトモデル)として採用されることが決定され、引き続きフィールドテストが行われることとなりました。
ベレッタM9A3が選定されない理由
ベレッタは2012年9月に10万丁のM9ピストルの契約を結んでおり、2014年に2万丁は納入予定済みで、残り8万丁はM9より安価でM9A3を納入する可能性があると予想されていました。
しかし2015年、米陸軍の構成制御委員会(Configuration Control Board)は、ベレッタM9A3が評価対象外である見通しを明かしました。
評価対象外となった理由のひとつに、ベレッタ92シリーズに共通するセイフティレバーの問題があります。
セイフティレバーの問題
ベレッタ92/M9シリーズはスライドの側面にセイフティレバー(安全装置)が備わっており、レバーを押し下げるとハンマーがデコックされレスト状態になります。そして同時に、ファイアリングピン(撃針)とシアーの接触を断つことでトリガーを引いても発射されない構造です。
これは非常に安全性が高く機能的ではあるのですが、兵士のなかにはM9のスライドを引く際に誤ってセイフティレバーを押し下げてしまい、撃とうとしても発射されないことがあります。
このセイフティレバーの問題は軍にとってM9の不満のひとつでした。
M9と同じ92シリーズのベレッタ92Gは、M9と同じ位置にレバーが配置されていますが、92Gではレバーを押し下げるとハンマーがデコックされレスト状態になるだけです。つまり、92Gに発射を阻止するマニュアルセイフティは無く、デコッキングレバーのみが備わっています。
M9A3は92Gのデコッキングレバーを組み込むことが可能なユニバーサルデザインのため、軍が希望すれば92G仕様で納品することも可能です。
しかし、軍はM9とは異なるピストルを探していました。
軍におけるベレッタM9の満足度とグリップサイズの問題
アメリカにはCNA(Center for Naval Analyses)という政府が創設した非営利団体が存在し、CNAは軍の機能を向上させるために調査や戦略を研究しています。
CNAは軍が使用する小火器に対する満足度調査を行っており、イラクやアフガニスタンに展開した米軍兵士2,608人から過去1年間に戦闘で使用したM4ライフル、M16ライフル、M249マシンガン、M9ピストルに対する意見を収集しました。
その結果、ほとんどの兵士は使用した銃に対する信頼性や耐久性に満足した結果を示していましたが、そのなかで相対的にM4の満足度が高かった反面、M9とM249の満足度が低い傾向が見られました。
M9を使用した58%は満足と回答した一方、満足度が低かった最も大きな要因はM9のグリップに対する不満があり、グリップの大きさの影響による銃の扱いやすさに個人差が見られます。
満足と回答した割合
M9 (%) | M4 (%) | M16 (%) | M249 (%) | |
---|---|---|---|---|
銃全般 | 58 | 89 | 75 | 71 |
弾薬 | 52 | 79 | 79 | 72 |
ハンドリング | 64 | 90 | 60 | 60 |
命中精度 | 76 | 94 | 89 | 87 |
射程距離 | 66 | 92 | 88 | 89 |
速射性 | 88 | 93 | 88 | 94 |
トレーニング | 71 | 85 | 82 | 77 |
保守性 | 81 | 87 | 82 | 70 |
クリーニング用品 | 70 | 75 | 68 | 63 |
耐腐食性 | 75 | 80 | 70 | 65 |
アクセサリー | 52 | 86 | 75 | 71 |
Soldier Perspectives on Small Arms in Combat
M9で最も満足度が低かったのは弾薬ですが、ライフル弾と比較すると拳銃弾に対する満足度が低くなるのは仕方がないことかもしれません。
詳細なレポートはCNAのウェブサイトでPDFファイルが公開されており、私も一読しましたが、M9の相対的な満足度の低さはM9というモデルに対する評価ではなく、ハンドガンに対して示しているように感じられます。
とはいえ、満足度の低さはM9以外の新たなピストルを求める切っ掛けになりました。
軍の視点で見ると、特定のユーザーから高い評価を得るピストルよりも、不特定多数のユーザーから高い評価を受けやすいピストルが好ましいと言えます。
9mm VS .45ACP
アメリカでは.45口径のファンが多いため、次期ピストルは.45口径に期待する声もありました。
しかし、様々な体格と身長で構成された軍全体を見渡したとき、果たして.45口径が適しているか?と疑問に思います。
実際のガンファイトでは銃創学的にみても一発のストッピングパワーより弾数の多さにメリットがあり、ストレス状況下における命中率低下を考慮しても、9mmは軍用制式としてベストの選択だと思われます。
ベレッタM9A3の仕様
M9は米軍の制式名称ですが、M9A3は米軍が関与しないベレッタ社が独自に名付けた名称です。
M9A3はM9と同じくショートリコイル・ディレードロッキングブロックシステムを採用しており、高い命中精度を持ちますが、様々な点がアップグレードされました。
M9A3の76%のパーツがM9と互換性があります。
軍へのセールスポイントは、操作方法が変わらないためトレーニング時間を節約でき、M9より信頼性が向上しているという点でした。
スレデッドバレル
サプレッサー装着用にマズルにネジが切られており、サプレッサーを使用しないときはスレッドプロテクターで守られています。
サイズは1/2″ X 28なので汎用性があります。
ドーブテイルサイト
着脱可能なトリチウム・ナイト・サイトがフロントとリアに装備されているため、暗い場所でも視認性が高い。
リアサイトは2ドットです。
セラコート アーストーンフィニッシュ
スライドにセラコートというコーティングが施されています。
これはセラミックのフィルムをコーティングしたもので、418Rステンレスの184倍の長さの耐腐食性能を持ちます。
ユニバーサルスライド
タイプFとGのセイフティレバーやデコッキングレバーが使用できます。
3スロット MIL-STD-1913レイル
ミルスペックのアンダーレイルを装備しており、ウェポンライトなどのアクセサリーを装着できます。
アノダイズド・アーストーンフィニッシュ
フレームはアルマイト処理が施されています。
オーバーサイズマガジンボタン
マガジンキャッチが大きくなり、より確実にマガジンを抜けます。
ラップアラウンド・バックストラップ
オプションでバックストラップを包み込んだグリップが用意されています。
これによりシューターの手の大きさに対応し、グリップ力を高めます。
ヴァーテック スィングリップパネル
グリップパネルが薄く、ホールド感を向上させています。
元々M9のグリップは大きめですが、M9A3ではスリムになり、手が小さめでも扱いやすくなっています。
ベベルドマグウェル
マガジンウェルが備わっており、マガジンが挿入しやすくなっています。
防砂17連マガジン
装弾数が15発から17発に増加し、PVDコーティング(物理蒸着)が施されています。
オプションとして15連、20連、30連マガジンが用意されています。
- 使用弾薬は9mm
- 銃身長は5.1インチ
- サイトレイディアス(フロントサイトとリアサイトの距離)は6.1インチ
- 重量はアンロード状態で940g
92シリーズ(92FS)に対する管理人の感想
私は射撃経験の大半をベレッタ 92FSに費やし、ある程度の長所と短所を認識しているつもりですが、92FSは非常に優秀なピストルだと感じています。
ジャムが少なく、高い命中精度があり、メンテナンス性が高く、クリーニング不足でも作動し、腐食に強く、重量バランスも良い。
しかし、セイフティレバーの配置は弱点かもしれません。
誤ってセイフティーがオンにならないとしても、セイフティレバーが邪魔だと思われることはあるでしょう。
また、グリップの大きさの好みは個人差があり、手が小さいユーザーからは扱いやすさの評価が低い傾向があります。
不適切なグリップは命中率に悪影響があるため、グリップサイズの問題は無視できません。
92シリーズは設計が古いため「時代遅れ感」があるのは否めませんが、とはいえ現在でも高水準のレベルを維持しており、コスト削減の問題がなければまだ軍で戦えていたピストルでしょう。
もし「戦場に持っていくピストルを1丁選べ」と問われたら、私は迷わずベレッタ92FS/M9を選択します。
ベレッタ92FS/M9は「トリガーを引けば弾が発射される」という銃の基本であり最も重要な機能の信頼性が高いと言えます。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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