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スナイパーはなぜヘッドショットを狙わないのか|実戦で胴体を優先する戦術的理由

スコープ視点画像

スナイパーと聞くと、映画やゲームに登場する「一発で頭部を撃ち抜くヘッドショット」を思い浮かべるかもしれません。

しかし、現代の戦場でスナイパー(狙撃手)が最も多く狙うのは頭部ではなく、胴体=センターマス(center mass)です。

なぜ彼らは、命中すれば即死させられる頭部ではなく、胴体を優先するのでしょうか。

その理由は、「命中率」「任務達成率」「戦術的安全性」を総合的に考慮した結果にあります。

この記事では、その背景を歴史的な戦術の変遷から現代の事例まで詳しく解説します。

歴史的背景と戦術の変遷

狙撃するドイツ兵1942年画像
狙撃するドイツ兵 1942年 画像出典:German Federal Archives, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

第一次世界大戦および第二次世界大戦では、光学照準器は現代より性能が低く、狙撃銃の配備数も限られていました。

第一次世界大戦

第一次大戦では塹壕戦が主で、交戦距離は100~400メートル程度と短く、敵が塹壕の縁や射撃口から頭部だけを露出する場面が多く見られました。このため、頭部を狙う狙撃が多く行われ、初期の塹壕戦では狙撃による死傷者の約75%が頭部への命中だったとされます。

1915年にスチールヘルメットが導入されると致命的な頭部負傷は大幅に減少しましたが、狙撃手は依然として士官や観測員など、頭部を露出させる高価値目標を狙撃しました。

ドイツ軍や連合軍はペリスコープ付きライフルや囮の頭部模型を使い、反撃や敵狙撃手の位置特定を行いました。

第二次世界大戦

第二次世界大戦では光学サイトが改良されたものの、多くの歩兵用小銃には依然スコープが装備されていませんでした。

交戦距離は戦場環境によって異なり、スターリングラードなどの市街戦や東部戦線では短距離狙撃が多く、開けた地形では長距離射撃も行われました。

狙撃目標は士官、機関銃手、斥候などが優先され、状況に応じて頭部や胴体を狙いました。

当時の公式射撃教義では「見える部分の中心(center of visible mass)」を狙うことが基本とされ、これは命中率を高めるためです。

遮蔽物から顔だけを出す敵には頭部を狙うこともありましたが、胴体への射撃が重視され、これはソ連、イギリス、アメリカなど多くの国で共通の方針でした。

狙撃の目的は単に敵を殺すことではなく、確実に戦闘不能にすることに置かれていました。

冷戦期

SVDライフル画像
SVD 画像出典:Hokos, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

冷戦期に入ると、光学照準器の性能向上や狙撃銃の標準化により、より長距離での射撃が可能になりました。

長距離での射撃が可能になったことで、命中率を最大化するために胴体を狙う方針が確立されます。

1950年代から1970年代にかけて、西側・東側両陣営の軍はこれらの教義を体系化し、高性能な光学機器や狙撃チームの運用を実践に取り入れました。

現代の狙撃

サプレッサー付M110ライフル画像

1970年代以降、狙撃の教義は「確実な命中による即時無力化」を重視しつつも、ヘッドショットは一般的な狙点としては扱われなくなりました。これは、頭部が小さく動きやすい標的であり、防具の普及によって長距離からの貫通が困難になったためです。

多くの軍では、狙撃手訓練の中でヘッドショットは「特殊条件下での限定的射撃」と位置づけられ、敵狙撃手の排除、頭部のみ露出した標的、あるいは要人無力化などに限定されました。

一方で、近接距離で活動する特殊部隊や警察狙撃手は、特定の任務において延髄や眼窩など中枢神経を狙う射撃を訓練に含めました。これは人質救出や重要施設防衛のように、即時かつ確実な制圧が求められる場面に対応するためです。

冷戦後期には、可動式・部分露出ターゲットを用いた訓練が広く行われ、射手は状況に応じて最適な狙点を瞬時に判断する能力を養いました。

この流れは21世紀の戦場にも受け継がれ、現代軍では胴体狙撃を基本としつつも、必要とされる局面においてのみ高精度なヘッドショットを実行するという方針が確立しています。

技術的な命中率の差

サプレッサー付M110ライフル画像

長距離(例えば500メートル以上)での射撃において、熟練した狙撃兵でも頭部を狙うのは胴体を狙うよりもはるかに難しくなります。その理由は以下の通りです。

  • ターゲットの大きさの違い
    • 胴体(センターマス)は頭部の約3~5倍の大きさがあり、狙いやすい大きな的となります。
    • このサイズ差だけで命中率が大幅に向上します。
  • 風の影響
    • 600メートル程度の距離では、わずかな横風でも弾道が10センチ以上ずれることがあります。
    • 頭部は小さいため、この風の影響によるズレで命中が難しくなりますが、胴体は大きいため多少のズレでも命中しやすいです。
  • 弾道落下の補正
    • 長距離射撃では重力による弾道の落下を正確に計算し、サイトやスコープの調整が必要です。
    • 距離の誤差や補正のズレは、小さな的である頭部への命中率を大きく下げますが、胴体は面積が大きく影響を受けにくいです。
  • ターゲットの動き
    • 頭部は細かく上下左右に動くため追尾が難しいのに対し、胴体は比較的安定して動きが少ないため、狙いやすいポイントとなります。
  • 作戦失敗リスク
    • 英国や米軍の狙撃教範では、長距離における頭部への命中率は非常に低いこと、命中しなかった場合は狙撃手の位置が露見しやすい戦術的リスクがあることを明示しています。

米陸軍の射撃教範「TC 3-22.9」における狙撃箇所選択

米陸軍の「TC 3-22.9」は狙撃やライフル射撃の公式マニュアルで、技術指導や戦術運用の基礎資料として広く使われています。

以下は狙撃箇所に関する部分の要約です。

  • 頭部への射撃についての注意点
    • 頭は体の中で最も動きやすく、正確に撃ち抜くのが非常に難しい部位です。
    • 命中率を考えると骨盤周辺など、他の見えている部分を狙うことも選択肢として考慮されます。
  • 骨盤部への射撃の役割
    • 骨盤は重要な血管が多く通っており、ここに弾が当たると大量出血を引き起こし、敵の動きを止めることができます。
    • 敵の体が完全に見えない時や、防弾装備で胴体を狙いにくい場合に狙われることが多い部位です。
  • 即時無力化を狙う「サーキットリー・ショット(スイッチ)」
    • サーキットリーショットは脳や脊髄を撃ち抜いて、すぐに相手を動けなくする射撃のことです。
    • 脳が破壊されると体のすべての動きが止まり、脊髄が損傷すると、その損傷以下の体の動きが止まります。
    • こうしたショットは、相手を即座に無力化するために使われます。
  • 時間差で無力化させる「ハイドロリック・ショット(タイマー)」
    • ハイドロリックショットは命中後すぐには動きを止めませんが、弾が血管を破壊して大量出血を引き起こし、一定時間後に相手を動けなくする射撃です。
    • 言い換えれば「タイマー」のように時間差で効果が現れます。
    • 相手の血液の約40%を失わなければ効果は薄く、血液が2リットル失われると、体がショック状態になり動けなくなります。
    • 血流が速やかに止まらないと、相手は動き続ける可能性があります。

装備と防御力の影響

M4ライフル訓練画像
画像出典:The U.S. Army, Public domain, via Wikimedia Commons

現代の兵士が着用する防護装備、とくに米軍のアドバンスド・コンバット・ヘルメット(ACH)やロシアの6B47などの防弾ヘルメットは、狙撃の標的選定に大きな影響を与えています。

  • 弾丸を弾いて軌道をそらす効果
    • 防弾ヘルメットは主に破片や拳銃弾から頭部を守るための設計ですが、ACHや6B47のような高性能ヘルメットは、小口径ライフル弾でも斜めから着弾した場合には弾丸を跳弾させることがあります。
    • これはヘルメットの曲面と多層構造によってエネルギーが分散され、直接の貫通を防ぎやすいためです。
    • たとえ貫通しなくても鈍的外傷(皮膚を貫通しない外力による損傷)が発生し、傷害は生じても致命傷にはなりにくいとされています。
    • 実戦報告や試験でも、.44マグナムや一部のライフル弾が角度によって防げる例が確認されています。
  • 防弾ベストの防護範囲と弱点
    • 現代の防弾ベストには硬質プレートが組み込まれており、胸部上半分の心臓や肺周辺を保護します。
    • 一方で腹部や骨盤部は比較的防護が薄く、軟質素材のみのことが多いです。この部分は貫通されやすいため、狙撃戦術では胸部の装甲が厚い場合、腹部や骨盤を狙って敵の戦闘能力を削ぐ場合もあります。
防護装備の特徴狙撃戦術への影響
防弾ヘルメット(ACH、6B47)斜めの着弾で跳弾させヘッドショットの致命率を下げる
防弾ベストの硬質プレート胸部は防御されるが腹部・骨盤は弱点となり、戦術的に狙撃対象となる
軍事教範の指導頭部より胴体を標準ターゲットにし、状況に応じて弱点部を狙う方針

これら多くの試験結果や実戦経験から、現代の狙撃教範に反映されています。

実戦での狙撃例

M14ライフル画像
M14 画像出典:U.S. Army, Public domain, via Wikimedia Commons

近年の紛争や特殊作戦における狙撃の戦術では、信頼性や戦術効果、任務成功の観点から、頭部よりも胴体や骨盤を狙うことが一貫して重視されています。

  • イラク戦争・アフガニスタン紛争(2003〜2010年)
    • 米軍の狙撃兵戦闘報告によれば、狙撃による死傷者の90%以上が胴体または骨盤への命中でした。これは米陸軍や海兵隊の教範で示されている、戦闘不能化の確率を最大化するため胴体(センターマス)を狙う戦術と一致します。
    • 米陸軍がイラク戦争中に行った都市部での狙撃運用調査でも、ほとんどの狙撃殺傷が胴体・骨盤周辺に集中していることが示され、都市や非対称戦環境での標準的な狙撃目標とされています。
    • 胴体は頭部に比べて大きく安定しており、重要臓器を含むため、迅速な戦闘不能化に繋がる点がこの戦術的重点の理由です。
  • ウクライナ戦争(2022年〜現在)
    • ウクライナ・ロシア双方の狙撃兵は主に胴体狙撃を行い、狙撃による負傷を狙って敵の後方支援部隊を前線に引き出し、戦力を分散させる戦術が見られます。
    • 現地の複数の一次情報や公開された戦場報告では、狙撃兵は主にセンターマスを狙い、射撃回数を最小限に抑えて自らの位置を秘匿することが重視されています。
  • 英国SASや米デルタフォースなど特殊部隊
    • 対テロや人質救出など至近距離の特殊作戦では、即時無力化が必要なため、ヘッドショットを訓練・実行します。
    • これらの特殊部隊は、近距離(通常100m以下)での高精度な頭部射撃に特化した訓練と光学機器を活用し、リスクが高いが即効性のある狙撃を行います。
    • 一般的な戦場での狙撃とは異なる戦術的要求のもと、頭部への射撃が正当化されています。
戦場・部隊主な狙撃戦術戦術的理由
イラク戦争・アフガニスタン胴体・骨盤への90%以上の命中大きく安定したターゲット、重要臓器の集中
ウクライナ戦争胴体狙撃中心、負傷狙いによる戦力分散戦術戦術的撹乱、狙撃兵の秘匿維持
特殊部隊(SAS・デルタ等)近距離でのヘッドショット即時無力化を目的としたミッション特化

現代の狙撃は、任務内容や環境に応じて胴体狙撃を基本とし、特殊な場合に限りヘッドショットを行うのが一般的です。

ヘッドショット(頭部狙撃)が選択される特殊状況

USMC M40ライフル画像
USMC M40ライフル 画像出典:National Archives at College Park – Still Pictures, Public domain, via Wikimedia Commons

特定の戦術状況、例えば人質救出やカウンターテロ作戦、重装備の敵兵との交戦、都市部の近接戦闘では、狙撃手の標的選択は任務の緊急性、敵の弱点、環境条件に応じて頭部狙いかその他の部位を優先します。

以下に、軍や警察の教範、訓練マニュアル、実例に基づく詳細をまとめました。

人質救出・カウンターテロ作戦

  • 戦術的考慮点:
    • 人質や民間人への被害を最小限にしつつ、即座に脅威を無力化することが最重要です。
    • 射撃距離は非常に近く(通常100メートル未満)、高精度の射撃が可能です。
    • ヘッドショットが優先され、胴体への命中では容疑者が反撃や人質に危害を加える可能性があります。
    • 狙撃手はエントリーチームや包囲チーム、交渉班などと連携した複数要素の一部として活動します。
  • 教範・訓練例:
    • FBIのホストレスキューチーム(HRT)や同様のエリート法執行機関は、近距離での精密なヘッドショットを徹底的に訓練し、即時制圧の重要性を強調しています。
    • 訓練では狙撃ポイントの選定、観察力、確実な射撃位置の確保が重視され、迅速な脅威排除と被害軽減が目的です。
    • 全米戦術官協会(NTOA)の基準や戦術マニュアルも、狙撃手の役割を重視し、急襲部隊との連携を推奨しています。
    • 射撃範囲の厳密な管理、事前偵察(間取り、突破点の把握)、一発必中の技術習得が、ヘッドショットを戦術的に実現可能かつ必須のものとしています。
  • 実例:
    • 米デルタフォースや英国SASの狙撃手は、人質救出任務で迅速な脅威排除が必要な際にヘッドショットを行うことで知られています。
    • これらの狙撃手は、100メートル未満の距離で極めて高い精度を発揮し、時間的・環境的な制約下での射撃を訓練しています。

重装備の敵兵が頭部のみ露出している場合

セラミックプレート画像
7.62x54Rが被弾したセラミックプレート 画像出典:User:VitalyKuzmin, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
  • 戦術的考慮点:
    • 近代的な防弾装備で胴体や四肢を守っている敵兵に対し、頭部のみが有効な攻撃部位となることがあります。
    • この場合、狙撃手はヘッドショットを試みることが多く、難易度は高いものの他に効果的な狙い所がないため必須となります。
    • 防弾ヘルメットによる被弾の減殺効果はありますが、顔面や首への精密射撃は依然として効果的です。
  • 教範・訓練例:
    • 米陸軍TC 3-22.9や海兵隊MCRP 3-01Aなどの狙撃教範では、防弾装備で胴体攻撃が困難な場合に限りヘッドショットを認めています。
    • 狙撃手は敵の防護具を観察して照準点を調整し、ヘッドショットに対応するための専門的訓練を受けています。
  • 実例:
    • ウクライナ紛争など現代の戦場では、防弾ベストにより胴体殺傷が困難なため、頭部やヘルメットへの狙撃が増加しています。
    • これにより特殊な弾薬選択や射撃技術が必要となっています。

都市・近接戦闘(CQC)環境

  • 戦術的考慮点:
    • 射撃距離は100メートル未満が多く、風や弾道落下などの外的要因の影響が小さいです。
    • 建物内部や狭い路地などでの射撃は、巻き添え被害のリスクが高いため、精密な射撃が求められます。
    • 近距離のため狙撃手は安全な位置を確保しやすく、小さな標的(頭部など)への命中率も高まります。
    • 急速な状況変化と敵・味方の動きを踏まえ、即時無力化を優先した射撃判断が必要です。
  • 実例:
    • 警察SWATや軍特殊部隊は、都市部での精密射撃や見張り任務に狙撃手を積極的に活用しています。
    • 例としてシンガポール警察の特殊戦術救出(STAR)部隊は、無人機と狙撃手を連携させ、近接人質救出やテロ対策に対応しています。
状況狙撃戦術部隊例
人質救出・カウンターテロ100m未満の近距離で即時無力化を狙いヘッドショット優先FBI HRT、米デルタフォース、英国SAS
重装備敵兵が頭部のみ露出防弾装備により胴体攻撃困難時はヘッドショット米陸軍TC 3-22.9、ウクライナ戦争の狙撃手
都市・近接戦闘(CQC)環境状況に応じて頭部や胴体など精密射撃を実施SWAT、シンガポールSTAR部隊、NTOAガイドライン

まとめ

現代の狙撃は、単なる「命中の精度」だけでなく、命中確率・任務成功率・戦術的安全性を総合的に判断した結果、目標部位が決定されます。

その結果、大半の狙撃は胴体=センターマスを狙うことが基本となり、ヘッドショットは人質救出や重装備の敵との交戦など、特殊な状況に限られます。

米陸軍 TC 3-22.9 ライフル射撃教範(Rifle Marksmanship Manual)

米海兵隊 MCRP 3-01A ライフル射撃教範(Rifle Marksmanship)

英国軍狙撃訓練マニュアル

Sajnog, Chris 『The New Rules of Marksmanship』

米陸軍 トレーニング診断ガイド(Training Diagnostic Guide)

米陸軍アーバンスナイパー運用研究(イラク戦時)

ウクライナ紛争における狙撃戦報告

防弾ヘルメット(米軍ACH、ロシア6B47)に関する試験・報告

その他(米軍および英軍の各種狙撃戦術に関するYouTubeおよび公開動画資料)