火縄銃には何故銃床が無いのか?

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  • #93170返信
    ガンナッツ
    ゲスト

    こんにちは。火縄銃について質問させていただきます。
    火縄銃には何故銃床が無いのでしょうか?
    定説の一つとして、「肩・頬づけする際に甲冑の大袖(肩のアーマーです)や兜の吹き返し・シコロに干渉するから」という物があります。
    しかしながら実際に鉄砲を扱う大半の兵である足軽の一般的な具足にはそうした物はありませんし、存在したとしてもオミットしてしまえば良いと思います。
    片側のそうした防具が無い事が、白兵戦をやるべきでは無い銃兵にとって大きなデメリットになるとは思えません。
    またもう一つの説として、「銃床に頼らない構えが弓の弦を引いた動作と似ており受け容れ易かった」というものがあります。
    しかしながら、弓兵は専門性の高い兵科であり武士階級しか習熟出来なかった事と、誰でも扱える為に火縄銃が普及した事との間で矛盾が生じます。また、銃床に慣れる事がそれ程難しい事とは思えません。
    戦国期に改良が間に合わなかった、或いは思いつかなかったとして、江戸時代に於いても銃床付きの火縄銃が見られない事は不自然です。
    用途としてのスポーツ・狩猟化が進む中で精度向上の為に銃床が注目されても良い筈ではないでしょうか。
    普及しなかったとはいえマスケット銃の伝来もあったようですから、銃床の存在を知らないとは思えません。
    私は火縄銃にも銃床はあった方が絶対良いと思うのですが、試作品であっても事例が見つからない事に悶々としています。
    ポルさん、よろしくお願いします。

    #93175返信
    ポルポル
    キーマスター

    様々な説がありますが、私は岩堂兼人著「世界銃砲史」の9章でも語られている「封建制度下の影響」という説が有力ではないかと思います。

    銃床はクロスボウの時代から使用されていましたが、ヨーロッパでは15世紀中ごろには普及しています。

    16世紀にポルトガル人によって種子島に鉄砲が伝来したとき、ヨーロッパでは銃床が使用されていましたが、東南アジアではまだ銃床の無い「頬付け型」を利用しており、種子島に伝来した鉄砲は東南アジアか中国で製造された可能性が高いと見られています。

    そして17世紀に海外ではフリントロック式が普及したものの、日本では頬付け型のマッチロック(火縄式)を使い続けました。

    当時、幕府は諸大名が力を持つことを恐れており、新しい技術や思想を規制しています。
    大きな橋を架ける、菓子を工夫する、乗り物に車輪を使用する・・・といった技術を規制し、当然ながら新しい銃を発明すれば逮捕される可能性がありました。

    また1637年の島原の乱で経験した鉄砲の有効性に脅威を感じたことが、鉄砲の規制強化に影響を及ぼしたとも言われています。

    そのため既存の火縄銃をいかに使いこなすかという技術が発展し、様々な鉄砲術の流派が誕生しています。

    この様な背景から、当時の日本人に銃床を付ける発想や技術が無かったわけではなく、銃の性能を向上できない社会体制があったためと考えられます。

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