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自衛隊誤射事故の疑問点とブランクアダプター

全国ニュースになりましたが、北海道鹿追町の陸上自衛隊然別演習場で物資輸送時の交戦を想定した訓練中に誤って実弾が支給され、隊員二名が負傷する事故が発生しました。

 陸上幕僚監部広報室によると、陸自で空包を撃つ訓練中に実弾を発射したのは初めて。総監部によると、23日の訓練に参加したのは後方支援隊に所属する第310輸送中隊(札幌)の31人。演習場内の道路を走る車両が途中で襲撃されたという想定で、89式小銃(口径5・56ミリ)で空包を撃ち合う訓練だったが、二手に分かれて銃を撃った際、双方から実弾が発射されたという。

実弾の行方は不明で、総監部は演習場の外に着弾した可能性もあるとみて、確認を急いでいる。

空包を使った訓練の場合、火薬の飛散を防ぐなどの目的で、小銃の銃口部分に「アダプター」という金属製部品を装着し、20メートル以上離れたところから撃つという。

2人のけがはかすり傷で、実弾ではなく、破裂したアダプターが当たった可能性もある。

ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160524-00010002-doshin-soci

一部報道では「双方が実弾で撃ちあった」と強調して報道され、「たまたま狙いが外れて良かった」と思った人も多いことでしょう。

しかし、この記事にある通り「アダプター」を使用していれば、実弾を使用しても弾は飛ばないはずです。

実際に弾は飛んだのでしょうか?

アダプターとは何か?

自衛隊では「空砲発射補助具」と呼ばれるこの装置は、英語ではブランクアダプターや、ブランク・ファイアリング・アダプター(BFA)と呼ばれています。ブランクとは空砲を意味し、自動銃で空砲を射撃する際に必要となるアダプターです。

アダプターの説明の前に、簡単に「ガス圧作動方式」についておさらいしたいと思います。

自衛隊の89式小銃は、M4/M16と同じくガス圧作動方式です。装薬の燃焼により発生した高温高圧の燃焼ガスの圧力により、銃身内で弾頭を加速させます。弾頭が銃口から離れる瞬間までは銃身内が高圧状態に保たれており、ガス圧がピストンを後退させてボルトを後退させます。ボルトが薬室から薬莢を抜き取り排莢させると、今度はスプリングの力でボルトが前進し、マガジン内の弾を薬室に装填するというサイクルです。

M4/M16と89式が異なるのは89式がロングストロークピストン方式という点ですが、いずれにせよガス圧で作動させるため、自動的に装填と排莢を繰り返すためにはガス圧が必要となります。

Photo via wikipedia.org
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89式小銃のフラッシュハイダーに装着されたブランクアダプター。

さきほど作動には「ガス圧が必要」と述べた通り、自動銃は銃身内を高圧に保つ必要があります。弾頭重量を減らして軽量弾を使用すると圧力の解放が早すぎ、ガス圧低下により作動不良が起こることもあります。空砲を使用すれば更に銃身内が高圧状態を保てず、ガスが銃口から逃げてしまいます。ガス圧が低下するとボルトが後退できません。そこで、ブランクアダプターを装着してガスの流出を減少させ、銃身内の高圧状態を維持します。

ブランクアダプターの構造は単純で、その殆どは小さな穴のパイプを銃口から挿し込んだ構造です。完全に銃口に蓋をしてしまうと高圧になりすぎて危険なため、必要な圧力を保てるように小さな穴を使用してガスの流出量を調整しています。

これはハリウッド映画で使用される銃と同じ理屈です。映画ではアダプターを装着する代わりに、銃身内に穴の空いたパイプをねじ込むことで空砲を使用しながらマズルフラッシュを発生させ作動させています。

Photo via wikipedia.org
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こちらも89式小銃に装着されたブランクアダプター。

ガスは高温高圧高速であり、近距離で浴びれば大怪我をしかねないため、閉所利用を想定して可能な限りガスを拡散させ、ガス自体に威力を持たせないよう工夫されています。

空砲でリンゴを撃った結果。

至近距離ではダメージを与えられる威力があります。

空砲(ブランクカートリッジ)とは何か?

Photo via armystudyguide.com
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画像左から順番に、実弾(M193)、トレーサー(曳光弾:M196)、ダミー(M199)、ブランク(空砲)、実弾(M855)、トレーサー(曳光弾:M856)、近距離用訓練弾 M862(ショートレンジ・トレーニング・アムニション:SRTA)です。

当然ながら空砲には弾頭が装填されていません。撃発すると装薬の燃焼ガスが発生するだけです。

一般的な空砲は先端を潰しており、装薬の流出を防いだり、先端を尖らせて装填をスムーズにする意味があります。

Photo via mainichi.jp
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自衛隊が使用している空砲は先細で先端に蓋をするタイプです。

昔は米軍も使用していたタイプですが、アメリカではコレクターズアイテムとなっている昔ながらの空砲です。戦中戦後のヨーロッパでは木製弾頭を使用した空砲も多く使用されていましたが、現在では先端をかしめたタイプが一般的です。

それにしても、ここまで実弾と形状が違えば、マガジンに装填する時点で気が付きそうなものですが、誰も気が付かなかったのか不思議です。

実弾は空砲より重いので、手に持っただけでも感触で違いが分かりますし、通常ではあり得ないミスです。

銃身や銃口で弾が詰まるとどうなる?

Photo via quora.com
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銃口が何らかの原因で詰まると、拳銃弾では圧力が低いため銃身内に留まることがあります。

この事故が起こる原因は、カートリッジに装薬を入れ忘れ、プライマーのみの撃発により弾が途中で止まってしまう例が多くあります。

Photo via quora.com
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ライフル弾でも同じことが起こり得ますが、大抵の場合は肉厚のあるブルバレルなど強度の高い銃身で起こり、アサルトライフルのような軽量バレルでは銃身が耐えきれず破裂事故を起こすことが殆どです。

Photo via fieldandstream.blogs.com
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ライフリングの溝に沿って綺麗に裂けていますね。

初弾が銃身内で詰まったことに気が付かず、そのまま次弾を撃ってしまうと、このように裂けることがあります。

また、銃口にボアサイターを付けたまま撃てば、このようになりがちです。

Photo via m4carbine.net
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11.5インチバレルのAR-15に、M16用ブランクアダプターを装着した結果。

空砲のみの使用でしたが、ショートバレルにロングバレル用のアダプターを装着すると圧力に耐えきれず変形しました。

米軍では銃身長によって使用するアダプターが異なり、M16(ロングバレル)は赤色、M4(ショートバレル)は黄色と区別されています。

実弾であれば、銃身破裂かフラッシュハイダーごと吹き飛ぶかもしれません。

Photo via midwayusa.com
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こちらはFABディフェンスのブランクアダプター(AR15A2ハイダー対応)です。

空砲用ですが、誤って実弾を使用してもストップ可能な設計がされており、安全性がアピールされた製品です。

自衛隊で採用してはいかがでしょう?

自衛隊で起こった事故の状況とは?

報道によると「総監部は演習場の外に着弾した可能性もあるとみている」とのことなので、事態を把握した時点でブランクアダプターが外れていた可能性があると思います。

また、「トラックの援護役7人と敵役2人が計79発の実弾を発射した」ということで一人当たり平均8~9発撃った計算になりますが、セミオートでも3秒以内で撃てる弾数なので、おそらく気が付くまで撃ってしまったのでしょう。

自衛隊のブランクアダプターがどの程度耐久性があるのか気になりますね。

ちなみに私の予想はこんな感じです。

  1. 実弾を装填し発射。初弾は銃身内に留まり銃身が耐えたか、初弾からアダプターが吹き飛んだ。
  2. 吹き飛んだアダプターが他の隊員に命中した、或いはアダプターに命中した弾の破片が飛散し近くの隊員に命中した。
  3. 事故が起きても直ぐには気づかず発射を継続し、アダプターが外れた状態で実弾が発射された。

少なくとも初弾から他の隊員に向かって実弾が飛んだとは思えません。

続報が出れば全く違う状況が判明するかもしれませんが、ブランクアダプターが装着されている限り実弾を使用しても弾は飛びませんから、「アダプターが外れたのかどうか」「アダプターや銃身のダメージはどの程度か」を知りたいところです。

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